第37話

「とにかく、洗うぞ。」



そう言った火炉は、綿を私の首に乱暴に押し付ける。柔らかい素材のおかげで乱暴に拭っても痛むことはないけど、押す力が強いせいで息が苦しい。



「あの、か、火炉?」


「あ?」



火炉は眉間に皺を寄せっぱなし。火炉は機嫌が良い時をほぼ見ないから私には当たり前になってきた。



「じ、自分で、します。」


「なにか不満か?」



そして私は今、更に不興を買ってしまったらしく、火炉の持つ雰囲気がピリついた気がした。



「そうではなくてですね、あまり強く押されると、苦しいんです。」




それでも思い切っていってみれば、少し考えていた火炉はそっと、綿を私の首元に押し付けた。



さっきよりはマシ。だけど今は、火炉の"気遣い"が分かるから。



「ありがとうございます。」


「別に。自分の贄の世話をしているだけだ。黙っていろ。」




不機嫌そうに悪態はつくのに、なぜか火炉の手は繊細に動いて私の首元を洗う。



私は火炉の生贄。食べる物なのだから、世話をするのは当たり前なのかもしれない。



だけどそれでも、火炉の気遣いが、打算が混じっているとしても私に見せた優しさが、とても嬉しかった。



首筋を洗い終えた火炉が、浴槽脇の箱を開ける。



中から出てきた赤い宝石をあしらわれた首輪は、火炉の手によって私の首元に戻ってくる。

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