第36話
その逞しい体には傷一つない。幻想的な青色の炎に照らされ、火炉の裸体はやたら艶めかしく見えた。
慌てて視線を逸らしても、それを許さないとばかりに火炉が私を引き寄せる。
「この首筋に触れて良いのは、俺だけだというのに。」
そう言う火炉は、浴槽の外に置いてあった物を拾う。
「あ、それ、」
「ん?」
ふわふわで、気持ちがよくて。村にはなかったもの。
「それは、なんですか?」
「これか?」
頷けば、火炉がそれをジッと見つめたあと、不思議そうに首を捻る。
「綿だろう。」
「……綿?」
「ああ。」
綿は、知っている。糸を紡ぎ、着物や寝床の布団の材料などにもなるもの。だけどこんなにも気持ちの良い綿なんて、私は知らない。
「よく知らんがこれは、人間から特別に買っているものだと聞くぞ。」
「人間と鬼が、商いを?」
「ああ。」
とてもじゃないけれど、信じられない話だった。私たち人間の間にも、商売は存在する。銭と呼ばれるお金もあり、村から村へと歩く行商人も存在する。
だけど、鬼と人間が商いで繋がるなんて。ただ鬼という存在に怯えて暮らしている私たち人間に限って、そんなことがあるはずはなかった。
「そんなことはどうでもいい。これは綿だ。分かったか?」
「はぁ。」
ここに来て、いつも驚く事ばかり。そしてなぜか自然と火炉と裸同士で会話ができている自分にも驚いている。
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