第35話

「我が鬼族にもな、目の色には違いがあるのだ。」



こんなにも、優しい笑顔は。



「お前の色は、良い色をしている。」



そしてこんなに綺麗な、”同じ”赤い瞳は見たこともない、と思った。



「……なぜ、泣いている?」


「え?」



怪訝な表情の火炉に指摘され頬を撫でれば、指が湿る。だけどこれは、涙じゃない。



「これは、まださっきの湯浴みの水分が付いているんです。」


「そんなわけはあるまい。」



あっさり嘘もバレてしまったけど、私は絶対に泣いていない。



……泣く時は、父に会えた時だと決めていたのだから。



「泣いていません。」


「うむ。涙を”飲んで”まで強情を張る女はお前が初めてだ。」



無理矢理押し込めた涙を飲むと表現した火炉は、なぜか先ほどとは打って変わって上機嫌のようで。



「さて、俺も風呂に入るか。」


「っっ、」



そう言って私を湯舟に落とした。



突然のことで吸い込んだ空気に、容赦なくお湯が混じる。


幻想的な青を見る暇もなく、湯に溺れるばかりで私の手足は水中をさまよった。



すると突然、腰が大きな力に掴まれ、体が一気に浮き上がる。



「なんだお前、泳げないのか?」


「ゴホッ、ゴホッ、ん"………。」



漸く息を整えて火炉を見れば、両腕を縁に乗せた火炉が寛いだ様子で笑っている。

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