第26話

「和子、来い。」




その人は燃えるような怒りを纏い、まっすぐに私を見て手を差し出した。


その手を取ろうと思うのに、恐怖で体が思うように動いてくれない。



「チッ、」



そんな私にイラついたのか、火炉が私の手を強引に掴んで引く。


「あっ、」



あっという間に火炉の腕の中に収められてしまった私の体は、痛いほど強く抱きしめられる。それがそっと緩められたと思えば。



ヒィン…



私の首には、いつもの豪奢な首輪が着けられた。



「羽水。」


「は。」



暗闇から、突如現れたのは、火炉の側近の1人。



「この者の血族、全てを狩れ。」


「承知致しました。」



小さく顔を伏せた羽水は、火炉の足元の死体を無造作に掴み、引きずりながら部屋を出ていく。




「あの、」


「汚れてしまったな。来い。」



私の考えが正しければ、あの侍女は自らが死んだだけでは済んでいないはず。



人間と鬼の価値は違う。



私たち人間は、ただの食料。鬼に喰らわれ続けた歴史は、いつしか人間を弱く、考えない生き物に変えた。



だからこそ、火炉の生贄である私は、この場の誰よりも、醜く軽い人間であるはず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る