第28話

「帰るぞ。」



それだけを言った新城さんは、ゆいかに手を差し出した。


自分勝手に動く人で、人を待ったりしなかったこの人が、ゆいかを待って、行動してる。



なんか、凄く。



「いいなぁ。」


「え?」



思わず出た言葉と、ゆいかが新城さんの手を握り返したのは同時。



「ううん。別に。」


なんでもない。


そう続けようとした所で私の顔を覆ったのは、甘く、ビターな、チョコレートの薫り。





「おい。」


重低音の不機嫌声をバックに、ゆいかの抱擁はとても温かい。



「素直になって。」



その言葉はなんか、私の胸を高鳴らせた。



だってそう言われて思い浮かんだのは。



ムカつくことに、あの男の笑顔で。



「気が向いたらね。」


「おい!」



答えた所で引っぺがされたゆいかは、困ったように笑う。



いつか、私が、あの男に想いを伝える日が来るかは分からない。



それまであの男が待っているのかも、分からない。



だけど、素直じゃない私が素直になるのは、とても難しい。



「うん。真琴のペースでいいよ。じゃ。」


「ん。」



私を滅茶苦茶睨んでる新城さんを連れて踵を返したゆいかの方が、今は大事だから。

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