第39話

「・・・どうした?」



悩むのも数秒。


密人が執務室から出てきた所だった。


少しだけ考えたが、報告しないわけにもいかない。



「谷中が密人さんの名前で、杉原茉里を店に呼び出しました。」




事実だけを述べた俺に向ける密人の表情は【無】



無表情な密人は静かに踵を返し、


コンコンッ、「密人です。入ります。」



執務室へと姿を消していった。



ただそれを見ていた俺は、ソファーの背にかけていた自分の上着を手に取り、立ち上がる。


足早に車を目指す俺の背後から、



カツっ。カッ、カッ、カッ、



革靴の軽快な音が近付いてきて、俺の横で、風を切った。



「は?」



走り去ったのは、密人の背中。



呆然としている俺を他所に、事務所の外で響き渡る、バイクのエンジン音。



ブルンッ、ブルンッ、



二度ほど蒸かされた後、重低音のエンジン音と共に遠ざかって行ってしまった。



見張りの組員と目が合い、お互いに苦笑いを溢す。



「お前、舎弟だよな?」


「ククッ、置いて行かれましたね。」



小さく礼をした俺は、車へ乗りこんでエンジンをかけた。



「久しぶりだよな。」



思わず一人ごちる。



密人があんなに焦ったのを見たのは、あいつの大切な人間が関わった時だけ。



あの表情を見たのは…、


弓さんの、一件以来だった。

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