第31話

私の意識が戻ったのは住み慣れた町とは程遠い、新城の町の病院だった。



私のベッドには、お父さんの秘書の彼。



「お嬢様、これを。」



身体が動かない私が見せられたのは、



”杉原茉里”



と書かれた健康保険証。



それと、通帳だった。




「お父様から伝言です。『二度と戻って来るな。すまない。』と。」



目を伏せた彼には申し訳ないけど、私の心は不思議と軋まなかった。




再び口を開いた彼が教えてくれたこと。



私は、真下にあったバラの大群に落ちた様で。


なんとか一命を取り留めたそうだ。


頑丈な蔓に咲く品種は、まるでオーロラ姫を護る様に、私の身体を受け止めた。



しかし棘も大きく、鋭いこの花は、私の背中を容赦なく傷つけた。



1ヶ月、私はうつぶせのままで。



意識が戻らなかったようだ。



「背中の傷は、この金の一部で。」



私の背中に無数に広がっているらしき棘の跡。



彼の辛そうな顔を、まるで他人事のように見つめていた。




この町になぜ、私がいるのか、



「・・・・ここならば、未成年者でも生きていけます。」



大きく間を置いてそう答えた彼は、



「すいません。」



それだけを言って、莫大なお金と、


”知らない”苗字が載った”私”の身分証明書を置いて、


病室を出て行き、もう二度と戻っては来なかった。

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