第61話

「庶民になるということはね、生きるために働かなくちゃいけないということよ。」



貴族としての知識は申し分ない。しかしそれは、食事の作法であったり社交界での対応であったり、身分と金に支えられ、権力という名の力を纏った世界で生き抜くための方法に過ぎない。



小町がもし、貴族という身分を失った時、果たしてそれらは役に立つのか?もちろん、役に立つはずもない。



「そうだな。まずは金を生み出す方法を考えねばな。」



ミルの言葉に、小町は小さく頷いた。何も知らない貴族の小娘が、ただの女として世間に放り出されれば、飢えて死ぬか何か不幸な事故で死ぬか、少なくとも、なんの苦労もなくこうしてソファーでダラダラできるはずもない。



生活をするにはお金がいる。住む場所もいるし、住むとしても家財がいる。



「とりあえず、実家から持っていけるだけぶんどって行こうかとは思ってるんだけど。」


「……もはやそれは盗賊の考えだぞ、小町。」



「別にいいんじゃない?お金は有り余ってるんだから。」




小町の言い草に、ミルは首を傾げる。数々の裏切りを経験したせいか、すっかり人を信じなくなった小町であるが、そんな彼女がこうして穏便にこの城を出て行こうとしているのはひとえに、家族のためだと推測していた。

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