第30話

さて小町はというと、今すぐ舌打ちしたい欲求をこらえるのに必死だった。



顔に張り付けたこの笑顔は、もはや疑われることなどないほどの鉄壁さを見せている。


社交界で小町は温度家の令嬢として振る舞わなければならないのだ。愛想笑いくらい、本物の笑顔に見えなくてどうする、というもの。



それに、今小町が演じているのは昔の自分。天真爛漫で純粋だった、あの頃の反吐が出そうな自分である。小町自身が嫌っていようとも、本人が本人を演じているのだ。それを看破できる者などまずいないだろう。



目の前のビターも同様である。今この時点ではまだビターとは夫婦にすらなれていない。幼少期からよく会うとはいえ、小町という人間を深く知るには少々無理があるというもの。




だからこそ小町は、昔の小町はあのようなことになったのだ。




″彼女″は知らなかった。




今この時点でのシュガーとビターの関係を。


そして、シュガーの本心と城に巣くう魑魅魍魎たちの恐ろしさを。




純粋だった彼女はこの城に住む、権力という名の餌を食らう貴族という人間たちに追い込まれ、落とされ、追い詰められた。



その先駆けはあの女。シュガーである。




小町の前では少々口数の多くなるビターを前に、小町は目を細めた。

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