第60話

騎士とは命を賭け、国を守る存在。騎士たちの中では国のために死ぬことは名誉であり、家紋のためとも言われているほどだ。



実際、騎士が殉職すれば国から潤沢な金が支払われる。金のない下級貴族の家などでは、残酷にも死んでもらった方が喜ばれることもあるほどだった。



平和に慣れたこの時代、騎士という職業は人気がないが、それでも一定数を割らないのはそんな理由があるからでもある。平和な時代、ほぼないと思われていた戦争という凶報に、騎士団の中に少なからず動揺が走る。死ねば金は入るが、死にたくないのが人間なのだ。しかしその中でも彼らをまとめるイーサンは取り乱すこともなく、その恐れられる顔をまっすぐに上げ、いつもの通り部下たちの訓練を見て回った。




その一方で、公爵家の中庭で優雅にお茶を飲んでいたエラは、彼らから少し遅れてその知らせを聞いた。




ガチャン。彼女のお気に入りの白磁のティーカップが音をたてて割れる。淑女の鏡である彼女がティーカップを落して割るなど、彼女が淑女教育を始めたばかりの3歳の頃でも見たことはなかった。



「お嬢様、お気を確かに。」



ベラが震える彼女の肩にそっと手を添える。小刻みに震える彼女の身体を見て、それを報告したスカイラーも申し訳なさに俯いた。




「お嬢様、グレイ卿がお越しでございます。」


「っっ、通してちょうだい。」




執事のお伺いに、エラは大きく身体を震わせた後、にっこりとほほ笑んだ。すぐさま身体の震えは消え、笑顔の奥に恐れを隠す。国一番の淑女、傾国の美女と呼ばれる彼女の強さは、ここでもいかんなく発揮されたのだ。




「エラ。」



笑顔を張り付けた彼女の元に、イーサンが足早にたどり着く。今回は事前の手紙も伺いもなくの訪問だったが、この屋敷には誰も彼を責める者はいない。なぜなら、今回の突然の訪問が彼らの敬愛するあるじの愛娘の心情をおもんばかってのことだと分かっているからだ。

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