第59話
「久しいな、グレイ卿。」
「はっ。陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。」
イーサンの挨拶に頷いた国王は、同じく自分へと頭を下げている臣下たちに頭を上げるよう命じ、この国でただ一人しか座れない豪奢な椅子に腰かけた。今日は王命による騎士団長召喚のため、王妃や王子たちは同席しない。
「さて、本題に入る。」
「はっ。」
イーサンが顔を上げ、国王を仰ぎ見る。その目にはなんの感情も浮かんでおらず、たかが騎士爵が一国の王を前にして緊張すらしていない事実に宰相は不快そうに眉を顰めた。
「国境近くで小競り合いが続いているのは知っているな。」
「…はい。国境近くの蛮族どもが盗賊と化し我が国の領民を目当てに暴れていると聞き及んでおります。」
小規模でしかないが、山に住む隣国の盗賊が最近、国境近くの村々を襲っていることをイーサンは知っていた。しかしそれは国境警備隊の管轄であり、国境近くの盗賊の処理はその辺を統括する辺境伯の仕事である。国を代表して騎士たちを指揮するイーサンには関係のない話だ。しかしイーサンはそんな些細な事すら把握し、国防という観点で情勢を見極めようと情報はこまめに集めていた。
彼が辺境の些事も掌握していることに、国王は満足げに頷き、宰相は舌打ちをしそうな勢いで顔を顰める。しかし次に王が放った言葉に、さすがのイーサンもその瞳の奥に険しい光を灯す他なかった。
「実は隣国であるエスタ王国が我が国に戦争を仕掛けようとしていると報告が入った。侵攻のための道の整備のためにその領域に住んでいた者たちが村を追い出され、盗賊に成り下がっているせいで、我が国の国境が脅かされていることも。グレイ卿、戦争の日は近い。即刻部隊を率い、訓練と称してエスタ王国国境近くに陣を構えよ。これは王命である。」
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