第58話

あのエラ・グランヴィル公爵令嬢がただの一目ぼれで王の反対を押し切り、”あの”イーサン・グレイと見合いをする。しかも王の立ち合いの元でだ。



それを王の口から聞いた彼は、大きな屈辱と、絶対にそうなるという自信に満ち溢れた自身の展望を否定された強い羞恥に、顔が熱くなるのを感じた。仮にも公爵令嬢がたかが恋愛に現を抜かし、王命を蹴ってまで貴族としての義務を放棄するなど。それも、相手に選んだのは当てつけにも見える騎士爵の男。



なによりも貴族としての血を重んじ、立場に固執してきた宰相にとってそれは屈辱以外の何者でもない。それに、エラに遠回しにお前の所に嫁ぐつもりはないと言われているようで、宰相は勝手にエラ・グランヴィル公爵令嬢へ怒りを滾らせた。



今のイーサンへの暴言はエラへの感情も入っているが、それにイーサンが気付くことはない。しかし、殺戮兵器と謳われた屈強な軍人である彼も、貴族の一員である。こんな公の場でどれだけ悪しざまにこき下ろされようとも、相手が身分が上である以上、目を伏せ言葉を受け止めなければならない。


殺気が駄々洩れるのはご愛敬。それくらいはスルーしてもらわなければと、怒りを滾らせながらも彼は冷静に努めていた。



そんな彼の態度に宰相は更に怒りを増し、理不尽にも自分が一方的にいちゃもんをつけていることを忘れ、更に罵詈雑言を言い募ろうとした。しかし、それは、王が室内に足を踏み入れたことによって阻止されてしまう。



不敬にも舌打ちしそうになった宰相は、怒りの表情を一瞬で隠し、王の斜め前の定位置につきすまし顔を上げた。

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