第56話

長く、平和が続き、時折起こる隣国との小競り合いはこの国の中央にある王都まで脅威が届くことはないため、多くの高位貴族は近衛兵団に入るか家が騎士の家系でないところは文官へと流れた。よって必然的に、他国との戦争に駆り出される騎士団の上層部には下級貴族出身の者が増え、外の雑事に駆り出されるのは下級貴族で十分、という、良くない習慣のようなものがこの国の貴族たちの思想に根付いたのだ。


それでも、国を守る騎士団を下級貴族ばかりで結成するわけにはいかない。最低でも団長は上級貴族がなるべきだ。そういう意見が辛うじてあった。結果、公爵家出身である当時の団長が年が50を超えようとしていたというのに引退が許されず、ある意味名誉職のような名目で席を置かされ続けることになった。彼は優秀な男で、身体も同じ年の中央にいる高位貴族に比べようもないほど鍛え上げられていたが、年には勝てない。後継者に自分のもつすべての知識を伝え、そろそろ引退したがっていた。



その後継者とは当時伯爵家嫡男だったイーサンである。



彼は側近としたイーサンに彼の持つ戦場でのノウハウのすべてを叩きこみ、立派な補佐官に育て上げていた。これで後任が来ても支えていけるだろうと満足していた。実は彼はイーサンを騎士団長としても申し分ないほどと評していたが、やはりここでも身分の問題が出てくるだろうとその胸の内を晒すことなく静かに後任に彼を任せようとしていた。



しかし、彼の引退は認められず、新しい騎士団長に名乗りを上げるものもいなかった。平和にどっぷり浸かった中央の高位貴族たちはもはや辺境の地で土煙に晒され常に命の心配をしなければならない騎士団長など見向きもしなかった。



”年をとっても大人しくお飾りとしてそこに腰を下ろしていろ。”



遠巻きにそう言われているようで、彼は怒りに打ち震えた。



結果、彼が出した結論は、騎士団長の座をイーサンに明け渡すことだった。



騎士団長の配属は王命であるのだが、プライドを傷つけられた彼は引退する旨を記した文を王へ送り、勝手に領地に帰ってしまった。

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