第52話

「クスクス。あんな安物を小娘のように喜んで。」


「やはり成り上がりの騎士爵程度では、あのブレスレットが限界ということでしょうか?」


「傾国の美女というのも大したことありませんのね。」




案の定というか、エラをよく思わない者たちが粗を見つけたとばかりに陰口を言う。社交界での陰口は、誰にも聞かれずにするものではなく、今の令嬢たちのように本人に聞かれるためにするものだ。イーサンに言わせればそれならば堂々としろと言いたいが、イーサンの身分が低い故に騎士団内でのこの【堂々とした陰口】は行われている。慣れているといえば慣れているが、さすがのイーサンも今自分が一番心動かされている令嬢を落されるのは我慢ならなかった。



「ヒイッ、野蛮人がこちらを見ていません?」


「殺されてしまいますわ!」



イーサンが睨みつければ、ここぞとばかりにイーサンを口撃こうげきする。そのわざとらしい怖がり方を見れば、さすがの殺戮兵器もパーティーの真っ最中に危害を加えるとは思ってもいないようだ。それに、イーサンは普段帯剣しているが、今日はエラのエスコートのために外している。それも作用したのだろう。



野蛮人。


殺戮兵器。



そんな言葉が矢のように飛びイーサンを傷つけようとする。



もう言われ慣れている言葉。それに、戦争で幾人もの人命を絶ってきた自分がそれを受け入れないのも違う。それが敵兵であろうと、戦場という場所で共に命のやりとりをした者たちに敬意を持っているイーサンは、言葉に傷つくよりも彼らの口撃がエラではなく自分へ向いたことに満足すらしていた。

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