第50話
気付けばイーサンは、恋に落ちていた。
寝ても覚めてもエラのことを考え、仕事の時でさえ切ない吐息を吐いてしまうほど。これが敵国の罠であれば、真っ先に殺されてしまうだろうと思うほどに、イーサンはエラに夢中になっていた。
だから、エラが時折見せる黒いオーラを前にしても、彼女が意味深な言葉を吐いたとしても、イーサンにとってそれは些細なことなのだ。
「なにか、欲しいものはあるか?」
「え?」
ここでイーサンは初めて、エラにそう言っていた。世の男性から言えば女性への贈り物は息をするのと同じくらい重要なものなのであるが、彼にそれを注意する者はいない。しかしイーサンはエラに贈り物をしたい。そう思った。本来ならサプライズとして勝手に贈るものであるが、あいにくとイーサンは女性が好みそうなものは分からない。それならば本人に聞けばよい。色気もへったくれもないが、それがイーサンなのだ。
しかしエラは、そんな朴念仁なイーサンをあざ笑ったり怒ることなどするはずもなく。エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、ある露店を指さした。
「…こんなもので、よかったんですか?」
「あら、こんなのなんて。最高のお品ですわ。ねぇ?」
「はっ、ありがとうございます!」
エラが強請ったのは、露店で平民が売っているブレスレットだった。染めた糸を編み込んで作られたそれは、戦場に出れば敵兵の血に染まりあっさりダメになるだろうなとイーサンは思った。本来、貴族女性が身に着けているのは宝石がちりばめられた豪華なそれであり、ほとんど紐のようなそれはブレスレットというにもおこがましい。しかしエラはそれを大層喜び、イーサンに着けてもらうと今にも飛び上がらんほどにはしゃいだ。
そして、相変わらず平民の格好をしているというのに高貴な雰囲気を隠せていない彼女の笑顔で、露店の店主を魅了している。
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