第45話

気付いているからこそ、ゾフィアは今、エラが浮かべる笑顔の意味が分からなくて怖い。得体の知れないなにかが彼女の背後で蠢いている。そんな気がするのだ。



戦場を知るイーサンとは違う怖さ。ある意味、戦争など無縁で社交界こそが戦場であるゾフィアだからこそイーサンよりもよほどエラの方が気になったのかもしれないが。ただ、そう思わせるほどの何かを、今のエラは発していた。



「イーサン様が素敵なことは、わたくしだけが分かっていれば良いこと。ですが、イーサン様を悪しざまに罵るのは、婚約者として黙ってはいられませんわ。」


「ふ、ふんっ。そこの男の凶悪な容姿のことを言ったとして、それは真実。わたくしはなんら悪いことは申し上げておりませんわ。」



ツンと鼻を高く上げ、ゾフィアは胸を張る。ここで引けば負ける。そう思ったからだ。そんな彼女を前に、エラは笑みを深める。心なしか闇のオーラのようなものを感じるのは気のせいだろうかと、ゾフィアは頬が引きつるのを感じた。しかしそれでも、引くわけにはいかない。今やこの女は王太子の婚約者候補ではないが、自分が将来王妃になった時、この女の存在は、必ず障害となる。そうならないためにも立場というものを明確にしなければならない。



今自分とエラの地位はエラの方が家格が上。しかし自分は王太子の婚約者なのだ。エラがイーサンと結婚したとして、グランヴィル公爵家を継ぐのは彼女の兄であるのは決定しており、エラはイーサンの元へ嫁ぐだろう。そうなると彼女は騎士爵の妻。息子が生まれても家格を継承させる力もない、弱小貴族になり下がるのだ。その点、自分は将来王妃となる身。例え彼女が今社交界で有名であろうとも、将来的にはこうして目通りできることも難しいほど立場が変わることになるのだ。



そんな女に自分が引くなどあり得ない。彼女が持つプライドとこれまでしてきたたゆまぬ努力を握りしめ、胸を張った。



しかし、そんなことは些細なことだとばかりに、エラは一歩ゾフィアに近寄ると、そっと耳元へ語り掛けた。




「……、……。」

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