イーサン

第31話

イーサンという男は、そこにいるだけで誤解を生む。それは生まれた時からそうであり、完璧な彼の唯一の欠点でもあった。



生まれた時、イーサンは泣かなかったという。眉間に皺を寄せ、厳めしい顔でまっすぐに見つめてくる様はまるで悪鬼のようで、何千人もの赤子を取り上げてきた有名な産婆が気絶してしまったという。実は面白がった親戚が作った話であるのだが、イーサンは10歳くらいまで本気でそうだと思っていた。



彼の初恋は7歳の頃だ。母が行ったお茶会で見つけた子爵家の令嬢。金色の髪はくるくるしていて、澄んだ青空のようなブルーの瞳は楽しそうにキラキラ輝いていた。まるで天使のようだと思った。だから、思い切って声をかけてみた。しかし結果は、怯えた目で笑えていない笑顔を返されただけ。



イーサンの容姿は整っており、8歳という年はあどけなさも加わえどちらかといえば可愛い部類に入るだろう。しかしいかんせん、イーサンは致命的に愛想がない。整った顔は笑顔どころか柔らかい表情すら浮かべることもなく、緊張した声音は平たんで低い。整った容姿は時に必要以上に人を無機質に見せる。それに愛想もくそもない平坦な口調が加われば、小さな少女が怖がるのに十分な材料となるのは当たり前だろう。



一緒に花を見ないかというイーサンの誘いは、年齢にしては完成された愛想笑いでしかし口調ははっきりと断られたことであっけなく幕を閉じた。それからというもの、イーサンは女性に怖がれるのが自分の愛想のなさと足らない感情表現であると気付くこともなく、剣の道へと足を踏み入れる。



鍛錬に鍛錬を重ね、甘えを捨て去り煩悩に抗う。男らしいというより可愛らしかったイーサンが成人した頃にはもう、”手遅れ”状態となっていた。



隙の無い気配、厳めしい視線や表情。鍛え上げられた肉体は威圧感を増し、にこりともしない表情は女性たちを怯えさせた。それでも、実家の伯爵という地位のおかげでいくつかの縁談は来ていた。大抵顔合わせの際一切笑わず話もしないイーサンに相手の令嬢が呆れて流れてしまう縁談ではあったが。



そんな数少ない縁談すらも一蹴することになってしまったのは、イーサンの顔に深く刻まれた大きな傷跡ができるきっかけとなった戦争が起こったからだ。

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