第30話

見た目は獰猛な肉食獣のような男を、草食獣の皮を被った彼女は怯えさせないようにそっと頬に手を滑らせる。それだけでビクリと身体を揺らすイーサンを見て愛おしそうに笑う彼女の目の奥には、はっきりと捕食対象を食らおうとする肉食獣の影が蠢いていた。




傍目から見ればイーサンが肉食であるのに、実はエラが彼を捕食しようとしている。



(どちらが肉食なんだか。)



王は2人のやりとりを見て呆れたようにため息を吐いた。



「お慕いしております。」



シンプルなエラの告白に、イーサンの喉がゴクリと鳴る。男女逆転しているのでは?そう思う自分の訴えが頭の奥底にあった。それなのに、吸い込まれるようなエメラルドの輝きに囚われた彼は。



「わたくしと、結婚していただけますか?」



この世に存在するあらゆる誘惑を凌駕するそれに、自然と首を縦に振っていた。



廊下で張り込みをしていた貴族たちのおかげで、エラとイーサンの婚約は瞬く間に社交界に広がった。殺戮兵器と国一番の美女の婚約はまさに美女と野獣。身分差も相まって何かしらの思惑が絡んでいるのでは?と邪推する者や、イーサンが無理矢理エラを手籠めにしたなどという不敬極まりない話も飛び交う。普段の2人の接点のなさや行いの違いから、彼らが純愛で結ばれていると考える人はおらず、あの場にいて一番気軽に聞けるシャルズが口を閉ざしていることからも、彼らの憶測は更に信ぴょう性を増していった。



誰もが思わなかったのだ。エラが変態級にイーサンを慕っていて、彼女のその大きすぎる愛にイーサンがノックダウンされた結果なのだということを。



噂の不穏さを置き去りにして、エラとイーサンの2人は急速に距離を縮めていくことになろうとは、あの天幕でのやりとりを知っている人間たち以外は誰も予想できなかった。

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