第29話

スッと、頬を手で押さえていやんいやん言っているエラの隣にベラが歩み出て耳元に口を添えた。



「お嬢様。これ以上のご発言は逆効果かと。」


「ええ!どうして?」



まだ言い足りないとばかりに口を尖らせるエラは美しい。しかし彼女は気付いていないのだ。イーサンのことを周りに聞き込みしまくったり廊下で待ち伏せするのは立派なストーカー行為である。公爵令嬢という立場と絶大な彼女の人気と容姿のおかげでそう言われないが、確実に普通の令嬢ならばドン引きされているはず。しかも、彼女が聞くたびに愛おしさが増したというイーサンの噂話とは、良い噂なんて一つもないことはここにいる誰もが知っていることだ。それなのにエラは、まるでイーサンの噂が物語の英雄の話かのように受け取っている。


その不可解な矛盾に王も公爵も首を傾げた、のだが。



「まさか、本当に?」



イーサンが絞り出した声の元に全員の視線が集まり、全員がギョッと目を見開いた。


先ほどの不機嫌な顔とは打って変わって、イーサンが見たこともないほど顔を赤く染め、エラを凝視していたからだ。



それを受け止めたエラはバラのような妖艶な笑みでもなく、ひまわりのような快活な笑顔でもない、まるで百合のような、慈しみに富んだ美しい笑みを浮かべ、椅子から立ち上がる。優雅に歩を進める彼女は、真っ赤な顔のままそれを見ていることしかできないイーサンを前に止まり、見下ろした。その顔には恐れも悲しみもなく、ただ愛おしい存在がその場にいる喜びだけで溢れている。



そんな彼女の様子を見て、王はとても落胆した。もう彼女を王家が手に入れることはないだろうという、絶望を噛み締めて。

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