第17話

「父上、今なんとおっしゃいました?」


「…だから、グランヴィル公爵家令嬢のエラ・グランヴィル様からお前との縁談の打診がきている。」




結局イーサンは、もう一度聞いても、自身の父親が言っている意味がまったく理解できなかった。自分はどうやらかなり馬鹿になってしまったらしい。それほど難しくはないはずの言葉も聞き取れないのだから。



戦場で頭を使い過ぎて逆に馬鹿になってしまったのだろうか?首を捻るイーサンの前に、良い香りのする珈琲が置かれる。いつもは母が最近ハマっているハーブティーが出てくるというのに。それを置いた侍女の怯えた笑顔を見上げながら、これは夢なのではないか?と思う。珈琲が出るということは、目を覚ませということなのだろう。



「これを飲んだら目が覚めるのですね。」


「何を言っているんだお前は。」



父親の呆れたような声に視線を上げれば、いまだに動揺で平静を失っている父親と目が合う。自分の強面の顔にも動じない父がここまで動揺を見せるのはとても珍しい。冷静沈着を絵にかいたような人で、この伯爵家を年々大きく発展させてきている。領地経営の手腕もさることながら、一切感情を乱さないのに、家族には大きすぎるほどの愛情を注いでくれるこの偉大な父は、イーサンの将来の目標でもある。



そんな父のおさまることのない動揺を前にしてようやく、イーサンも現実に目を向けた。



「なにかの、冗談ですか?」


「そんなわけがないだろう!」



珍しく大声を挙げた父が自分へ向けた手紙の封蝋には確かにグランヴィルの紋章が捺されており、同時に見えるようにしてくれている手紙の文面には確かにグランヴィル公爵が溺愛し、国一番の美女と言われている女性の名前と自分の名前が書かれていた。

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