第14話

の、だが。



「…お嬢様?」



もう一度呼んでみても、エラは動く気配すら見せない。もしや、イーサン・グレイの恐ろしさに失神してしまったのだろうか?国一番の美しさを持ち、繊細で純粋なお嬢様は、この国の王子などの超一流の男性しか見たことがない。エラを前にすれば例えそれが平民出身の下位貴族の息子であったとしても姿勢を正し、少しの間違いもない完璧な所作で対応してしまう。



少しでも彼女の不興を買えばそれで終わりだとばかりに誰もが緊張し、敬意を持って彼女を見つめ、その瞳に自分を映してもらえるためならば、豪華な贈り物はもちろん、情熱的な手紙やパーティーでのアプローチも必死にしている。



そんな、貴族の男性から見れば高嶺の華と呼ばれるエラには、あのような武骨な女嫌いな男など恐怖の対象でしかないだろう。



「お嬢様、しっかり!」



普段は冷静に物事に対応するベラでさえ、イーサン・グレイの恐怖に支配されたせいか平常心を忘れ、気絶しているであろうエラを救うため、一歩踏み出した。エラの、前に回り込み、頽れるであろうその美しく、細い肢体を受け止めようとする。



しかしそれは杞憂に終わる。




「素敵な、方。」



なんせ当のエラは、イーサンの去って行った方をキラキラとした目で見つめ、頬をピンク色に染め嬉しそうに微笑んでいたのだから。



その日、騎士の訓練所で一人の女性が倒れた。その女性はグランヴィル公爵家の娘、エラ・グランヴィル付きの侍女であったという。

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