第13話

ベラは根拠のない噂など信じない方である。自分が仕える主が王族を除けばトップに近い公爵家の娘であるからなおさら。平民ならまだしも、ベラが身を置いているのは貴族社会。しかも高位貴族ともなれば、噂など本当か嘘かなどさして重要ではない。その場で使ったその噂がどう作用するか、その結果が重要なのである。



貴族は平気で嘘を吐き、そしてそれが許される立場だ。結果的に嘘の噂が真実になることもあるし、本当だった噂が嘘となることもあるのだから。



絶対的な権力を持つ貴族という生き物は、噂の真偽など気にはしない。なぜそう言ったか、そう言ったことでどうなることが望ましいのか、それを少ないヒントから探り当て、相手より優位に立つことを最上としている。



食うか食われるか。貴族社会とはそれほど恐ろしい場所であり、現在は不動の地位を誇る公爵家ですら明日には没落する危険性を孕んでいるのだ。



しかし、そんな場所で主に仕えるベラでさえも、イーサン・グレイの噂はあながち間違いでもないのでは、と思う。隙のない鋭い眼光はそれだけで相手を射殺してしまいそうであるし、同性でさえも近寄りがたいほどのオーラは正直離れた場所から見ていても恐怖を感じさせた。それに、ベラが知り合いの侍女仲間から聞いた話でも、イーサン・グレイが女性どころか男性にさえも微笑みすら浮かべたことがない恐ろしい人物であるとの認識だった。



家格は伯爵とそれなりの地位ではあるため、数年前まで見合い話は来ていたようだが、ここ何年かはそれも激減し、勇敢にも申し込んだ家には要約すると『必要ない。』と武骨な印象にしては丁寧に書かれた断りの手紙が来るのだという。



結局、借金まみれの男爵家や子爵家の二女や三女からの残りの稀有な話も無くなり、世間的には彼は女嫌いで一生結婚するつもりがないのだろう、という結論になった。



「ほ、本当に恐ろしい方でございますね、お嬢様。」



部下たちの上官への悪口はどうかと思うが、プライドの高い騎士様をあんな負かし方をすればそれも仕方がない。そう思いながらベラは目の前で柱の陰から様子を伺っている主へと話しかけた。

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