第12話

彼が去った戦場には血の海と肉片しか残らず、敵兵は命乞いをする者でさえためらわず殺されるという。彼は敵兵だけではなく自国の兵にも厳しく、軍の規律を守らない者には死よりも苦しい懲罰が課せられる。


戦争がなく、自領に戻っていても彼の武勇伝は終わらない。自領で不正を冒している官僚がいればその場で切り殺し、盗みをした平民の子供でも容赦なく手首を切り落とされるという。己にも他人にも厳しい彼の厳格さは有名であり、平民から貴族まで、果ては犬まで、グレイ伯爵家の者を見ればその場で傅いてしまう。


他には、イーサン・グレイは人の生き血を好む、だとか、本当は人の肉が好物であるから自分が食べるために持ち帰ったことが分からないよう、その場にいる敵兵を皆殺しにすることにしている、だの、根拠のないコワイ噂がたくさんある。



しかも平民の母が子供を諭す時に使う怖い話では、『いい子にしていないとイーサン・グレイがあなたを殺しに来るわよ。』などという不敬極まりないものまである。



イーサン・グレイは今年24歳。いまだ父親であるグレイ伯爵は健在。そしてこの年で騎士団長へと昇り詰めている彼の騎士としての腕前は言わずもがなだ。グレイ伯爵領は希少で人気のあるワインの名産地であり、兼業で商会も持っているため資産も潤沢である。それに、武骨な雰囲気と右頬に刻まれた大きな傷、鋭い眼光に近寄りがたい雰囲気でバキバキに防御しているせいで気づかないが、イーサン・グレイの容姿はそれなりに整っている。それでも、彼の浮いた噂などひとつも聞いたことがない。



彼にアタックした令嬢が行方不明になった、だの、お見合いをして目が合っただけで気を失ってしまった、だの、本当か嘘かも分からない噂ならあるが、騎士団に所属している女性騎士と護衛対象以外、話しているのを見たことがない上、形式上の対応しかせず、基本的に塩対応どころか粗塩対応な所を鑑み、彼は女嫌いであろうというほぼ確信に近い話は公然の事実だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る