第8話

長い沈黙のあと、グランヴィル公爵は真剣な顔で口を開いた。



「それは、なにか理由をもっての発言だろうな?」


「はい、お父様。」



エラの快活な返答に、グランヴィル公爵は表情を変えることなく続きを促す。彼とて娘に嫌がる縁談を押し付ける気はない。例えそれが王家からのものであり、公爵家として利があったとしても、だ。それだけ彼は娘の、エラの実力を認めておりまた、溺愛していた。しかし、正当な理由もなく王家からの縁談を反故にすることは許されない。だから少なくとも理由が欲しかった。最悪その願いが叶えられなくとも、娘のために動いてやりたかったのだ。そんな親心を前に、エラは美しい笑みを崩さず口を開いた。



「まず、王太子のリアム様ですが、あの方はすでに懇意にしてらっしゃるご令嬢が4人ほどおりますわよね?」


「…なんだと?」




困ったわ、とばかりに頬に手を添えるエラに、グランヴィル公爵は眉間に皺を寄せる。国家の中枢にいる彼でさえ、リアム王太子の女性事情のことは把握できていなかった。王や王妃もそのようなことは言っていなかったが、隠匿されていたのか。戸惑う父親を置いて、エマの小さな口は次々と王子を丸裸にしていく。



「アビー子爵令嬢、シャルロッテ男爵令嬢、アン伯爵令嬢、メアリー侯爵令嬢、あ、忘れておりましたわ。この間の外交の帰り、ゾフィア辺境伯令嬢と仲良くなった・・・・・・と聞いております。あら、公爵令嬢である私でコンプリートですわね。王太子殿下は女性でチェスでもなされるおつもりなのかしら?」



エラの無邪気な言葉に、公爵は返答しようがなかった。リアム・エッケンバウアー王太子。国王の聡明な知能、王妃の美しい容姿を継いで生まれた彼は己の恵まれた環境に甘んじることなく勉学に励み、美しく成長した。清廉潔白、文武両道。王太子という地位を拝命するのは当たり前であると断言できるほど、素晴らしい人物である。そんな彼は王城だけにとどまらず、自ら外遊をして国を見て回ったり外交で国王の名代として隣国へ足を運んだりと王太子としての地盤固めに切磋琢磨していた。



この国は側室が認められており、王にも3人の側妃がいるが、リアムは褥教育以外に女性の影をちらつかせることなく、将来は王妃のみを愛すると公言までしている人物である。事実、娘のエラよりも近い場所でリアムを見ている公爵は、普段の彼の人となりから、エラの言葉をすぐに信じることができなかった。


しかし低位貴族から高位貴族、あげくは辺境伯まで、それぞれに遊び相手がいる彼を皮肉りチェスの駒集めなのかと揶揄するほど辛辣な言葉を吐いているのに、いつもの美しい笑みを崩さないエラの様子に自分の娘ながら寒気すら感じる。

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