第29話

必死に否定して、私が好きなのは知世くんだよってハート付きで言ってくれれば僕は、全てを水に流せる。そう思ったんだ。だけど現実はすこーしだけ違った。



僕の質問に穂乃花はバッと勢い良く顔を上げた。その顔は無表情で、目の端から一筋だけ涙がこぼれ落ちる。


「それ、誰が言ったの?」


「へ?」



思いの他低いその声は魔王でも降臨したのかな?と思えるほど。キョロキョロ周りを見てみても、僕と穂乃花を微動だにせず見つめている秋田と松木以外はただの通行人しかいない。あれ?魔王は?



「私の知世くんにそんな情報を流したのは誰?」


「あー…あれ?」



そして再び響く低い声は確かに、目の前の天使から出ていた。とりあえず”情報を流した松木”を見る。そんな僕の視線を追ったのか、穂乃花がキッと松木を睨んだ。



「あなた、知世くんの友達の松木くんですよね!」


「へぇ?はい!光栄です!」



詰め寄る穂乃花に顔を真っ赤にさせて敬礼する松木。光栄ですってなんだよ。



「誰に聞いたんですか?」


「は?なにをでありますか?」


「とぼけないでください!私と相田くんが付き合ってるとかいう馬鹿みたいなガセ情報を誰から聞いたって聞いているんです!」


「あーそれは僕の彼女が相田と同クラでしてね?まぁ突き詰めて言えば本人から聞いた、というかですね。」


「やっぱり!」


「はひ!申しわけありません!」



地団駄を踏む穂乃花にまた松木が敬礼する。なんで上官に話すような口調なわけ?なんのキャラだよそれ。



可愛く顔を真っ赤にした穂乃花がバッと僕を振り返り、縋るように身を寄せてくる。うあ、可愛い。イイニオイ。



「知世くん誤解だから!私の彼氏は知世くんでしょう?」


「あ、うん。」



なんか体が近いからなんでもいい気がしてきた。さっきのイライラは穂乃花の吐息でどうやら吹き飛んだらしい。

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