第26話

正直、クリームパンが食べられないと悟った時とか、バウが吠えまくって絶望した時は簡単に、僕ってなんて不幸な青年なんだろうと思ったりする。


だけど今、廊下を相手に向かって笑顔を向けながら歩いている彼女の後ろ姿を見ている自分は、そんなことを考えている暇なんてないほどの気分だ。



そんなのんきな話じゃない。湧き上がるモヤモヤと強い怒りは昨日あれだけ浮かれていたにもかかわらず、飯倉穂乃花という女に憎しみさえ感じるほどだ。それに、それが嫉妬であると決定付けるには彼女との付き合いがまだまだ浅く、自分の気持ちも確信できていないから材料が足りない。



「チッ。」


「あらら。ご機嫌斜めでちゅね?」


「うっせー。」



だから松木のいつものおふざけにも、本気で苛ついた。僕が思いの外低い声で言ったからか、松木が目を丸くしてこちらを見ている。だけど、それをフォローする暇もないくらい今の僕には余裕がなかった。




結局、その日はそこらじゅうで自分の彼女と相田が付き合っているという噂でもちきりな上、彼女を見かけはするが話しかけられることも話しかけることもなく。それこそ目すら合うことのない距離のままで、充電切れのスマホがいじれないのもあって、昨日のアレは僕が見た都合の良い夢なんじゃないかとさえ思った。



しかも僕と彼女の最寄り駅は真反対同士で、家も全然違う方向にあるから、カップルによくありがちな登下校一緒ハート、も実現は不可能だ。


散歩コースで彼女に会っていたから気づかなかった。どうやら穂乃花はうちの近所の塾に通っているらしい。だからよく会う上にいつも制服なんだろう。



「なぁ、ワックいかね?」


「お前が僕にポテトをおごってくれるなら行ってやる。でも犬の散歩もあるから1時間だけな。」


「奢らせられるのに?時間すら限定されんの?」



悲壮感を漂わせる松木は今日、愛する彼女である加奈子に放課後の交流を断られている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る