第19話
「あの。」
「…はい。」
ちょっと現実逃避していた僕の意識を、飯倉穂乃花の小さな声がグンと勢い良く引き戻す。胸ぐらを掴まれたような衝撃を勝手に感じてクラクラしている僕に、彼女はこれまで見たことがないほど可愛く微笑んだ。
「全部、というのは嘘っぽいんですけど、全部です。」
…ほう?全部、とな。
…全部?全部?全部!
「マジで?」
僕の問いかけに飯倉穂乃花は恥ずかしそうに頷く。そんなわけないと思うのは僕だけじゃないはず。だけど、目の前のこの子が言っているわけだから本当なんだろうけどさ。マジで?そんなわけなくない?
「あの、好きなんです!お付き合いお願いします!」
「喜んで!」
もはや意識が飛んでいる僕に、トドメとばかりに身を寄せてくるもんだから。彼女の勢いのまま僕も返事をしてしまっていた。
目を見開く彼女。思わず口を手で塞いでしまう僕。でもそれは一瞬だった。
「ありがとう!これからよろしくね!」
嬉しそうに笑った彼女の左目の端から涙が流れたから。僕はため息を一つ吐いて痛むほど高鳴る心臓の鼓動を誤魔化して笑い返した。うまく笑えているかは分からない。だけど僕の冴えない人生の一部を確実に輝いたものにするであろう快挙を成し遂げたんだから、それくらいは許してほしいな。
その日はメッセージIDを交換して一緒に帰った。時間も時間だったからか他に帰っている生徒は見かけなかったのになんとなく安堵したのは、まだ飯倉穂乃花が自分の彼女になったのが信じられなかったからだ。
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