第52話

「それでもっ!叩くのはどうかと思うんだ!」


「そうです。高位貴族の令嬢たちの見本として、貴女は淑女として行動しなければならなかった。」



感情を顕にする皇太子をたしなめるように、カチュアが次いで冷静に言葉を紡ぐ。それはある意味正解。彼女はこの皇太子殿下の婚約者だ。高位貴族だけでなく、低位貴族も含めた全貴族の淑女たちのお手本。彼女の着た服が流行し、彼女の纏う香りが淑女たちの香りとなる。ああなりたい。あのように素敵な方になりたい。彼女たちの憧れを全て集める。それが皇太子妃という唯一無二の席に座る者の義務でもあるのだ。



だからヴァネッサは努力をした。皇太子に嫌われていようと、公爵家でどのような扱いを受けていようと。歯を食いしばり、血の味を感じながらも顔ではキレイに微笑む。


ヴァネッサ・ローズとは淑女の鏡。そして同時に孤独な人であり、孤独なまま死んでいくキャラだ。



皇太子とカチュアの言葉に、ヴァネッサの手に力が入る。彼女の腕を掴んだままの私にだけ伝わる程度だったけど、私を怒らせるには十分だった。



「では、スイム様は自分の婚約者に必要以上にくっついてる格下の家の男性が、友人なんですぅ、貴方は下世話な関係だと勘違いしてるみたいですけど、変な誤解はやめてくださいねぇ?なんて言われたら、ただ笑顔で頷いて、それに従うんですね?なんてプライドも糞もない、あら失礼。でもぉ、爵位を無視した失礼な発言すら言いなりになって笑顔でいなくちゃいけないなんて、この国の皇太子妃とはなんて地位が低いんでしょう!もしや私が勘違いしているだけで、平民と変わらないんですの?」



「なっ、貴女!その発言は不敬ですよ!」


「アシュリー。口を慎め。」




カチュアが憤慨し、これまでボケっと黙って見ていたラビットが低い声で嗜める。グレゴリーは相変わらずの笑顔で静観を決め込んでいるし、皇太子は目を見開いてアホ面を晒していた。どうやらラミトだけはいないらしい。用事か知らんけど取り巻きが揃っていないのは珍しいなと頭の片隅で思った。




喚くバカ共を無視して、青白い顔のバネッサを近くの椅子に座らせる。これだけ静かな彼女は珍しい。見れば目の下にも隈ができていて、少し痩せたようにも見える。それだけ気に病んでいたのだ。彼女は強いようで弱いから。




「カラトラバ様。もうあなたとは婚約者でもなんでもないんですの。名前で呼ぶのはやめていただけます?不愉快なので。」


「っっ、俺は納得していない!」



ラビットの発言には流石にびっくりした。まるで未練がありますとばかりの発言。意味が分からない。

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