第51話

本当は、何を言われたか知っているけど、ここで何を言われました、という証言は必要だ。聞いても言葉を濁すだけの取り巻き共。よっぽどヴァネッサに嫌われたくないらしい。視線で押し付け合いをはじめ、沈黙と苛立ちだけが深まっていく。



魔法で証言の録音再生は可能。だけど私はその場にいなかったので、証明は不可能だ。なんなら前世のドローンみたいに常にヴァネッサの近くにカメラを設置するのも魔法で可能だけど、流石にそれはヴァネッサがいい顔をしないだろう。しかも最悪の場合、私がヴァネッサを疑ってそうしていると思われることも十分ありえる。ヴァネッサに嫌われたら生きていけないのでそれは断念していた。



だから、やはり原始的だけどヴァネッサがどうしてこういうことをしたのか、という証言がいる。彼女の取り巻きの発言だとやや重みに欠けるけど、その事実が本当かどうか、今地面に座って被害者面しているキャロラインに聞けばいいこと。ゲームではヴァネッサが弁明もすることなく立ち去ってしまったため、バカ皇太子がヒロインの状況だけで憤るというクソみたいな展開に発展してしまう。


そしてヒロインの言葉の選択肢は、2つ。



『私が悪いんです!彼女はなにも悪くありません!』


『実は…。と事実をはっきりと告げる。』



1つ目は勿論ヒロインがヴァネッサをかばったことで馬鹿皇太子が更に誤解を深める。



そして2つ目では、でもどんな事情があろうと暴力はいけない、という謎の正義感で結局どちらの選択をしても叩いたヴァネッサが悪いとなるのだ。




「あの、そこの男爵令嬢が、皇太子殿下と仲が良いのは友人としてであって、貴女の思っているようないかがわしいことはありませんと言いました。」



震える声でそう言ったのは、ヴァネッサの取り巻きの1人、グレゴリーの婚約者であるアミス伯爵令嬢だった。ヴァネッサをチラチラ見ながらも、勇気を振り絞った様子の彼女。それでも背筋がピンと伸びているのは、将来の辺境伯の夫人となるべく剣術の練習の影響もあるだろう。こういう時、黙っていられないとするこの性格も好印象だ。ほんとに、グレゴリーの婚約者にしておくのは勿体ないほどの良い令嬢である。



「それは、ヴァネッサ様が腹を立てるのは仕方がないですね。」



ヴァネッサを見れば視線を逸らされる。目が少し赤くて、いつもの毅然とした態度の彼女からはかけ離れた儚げな雰囲気に、心臓が高鳴るのを感じた。

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