第50話

「殿下。被害者は勿論叩かれた彼女ですが、いささかその目は自分の婚約者に向けるものではないと愚行いたしますが。」



私の言葉に目を見開いた皇太子は、バツが悪そうな顔をして視線を逸らした。いつも笑顔の良い子ちゃんキャラだと思ってたんだけど、この男、存外人間らしい一面をお持ちらしい。それが皇太子って、やばい気がするけどね。



「しかし、ヴァネッサ嬢が叩いたのは事実です。」



冷静ぶったカチュアが怒りを隠しきれない様子でのたまう。てめえは黙っとけとは言えないので、笑顔で無視をした。ムッとされたがそんなのはどうでもいい。ヴァネッサに向き直る。



「ヴァネッサ様。なぜ叩いたのですか?」


「っっ。」



ヴァネッサは答えずにプイと顔を背ける。そりゃそうよね。プライドが山のように高い貴女が屈辱に思ったことをこんな公の場で白状するわけがない。ヒロインはこういう所まで想定済みでこの中庭にやってきたのだろう。表情は見えないけど、さらりと涙を流すところとか、きちんとゲームの通りの手順を踏んでいるところを見れば、このヒロイン、ただのバカではないらしい。


それに、ちゃんと成績も維持していて、皇太子たちにちやほやされている以外は品行方正である。実に戦いにくい。



ヒドインなのに、つおい。面倒だ。




「教えてくださいます?」


「っっ、ええと。」




とりあえず笑顔でヴァネッサの取り巻きに笑顔を向ける。彼女たちはヴァネッサの顔色を伺っていて、一向に話してくれそうもなかった。しかしそれで諦められるわけもない。ゲームではこのことからヴァネッサと皇太子のすれ違いが決定的になってしまい、これから起こるイベントは元々仲が良くないとはいえ、落ち込んだ様子の皇太子とのイチャイチャばかりになる。そして気持ちが通じ合った頃、忘れていた存在のヴァネッサが致命的な行動を起こすことによって、困難はあれどヒロインと皇太子は結ばれて、ヴァネッサは処刑されてしまう。



ここで踏みとどまらなければ、最悪ヴァネッサが死ぬまでどうにもできない可能性がある。



ゲームでは日々は過ぎ去り…みたいな感じでイベントが続き、ヴァネッサの悪役イベントがある。何日後なんて親切な記述もないので、いくらヴァネッサを見張ってはいても、四六時中いつ起こるか分からない彼女の暴走を止めるのは不可能に近かった。

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