第39話

そして、今。


「突然押しかけ、申し訳ございません。」


全然申し訳無さそうじゃない、アイクくらいの年の男性は、高級感溢れる執事服をキチッと着こなし、立ったまま私を見つめている。ちなみに、自分はただの”お使い”だと、お茶を断り、ただの執事であるからと座ることも拒否。彼はただ、先程届いたばかりの自分の主が出した書状の返事を今、ジッと待っているのだ。



その答えを出すのは、お父様ではないらしい。この子爵家の当主なのに?なんで?



「気の早い主人で申し訳なく思っております。しかし何卒、良い返事を持ち帰りたく。わたくしはケイス様、ああ、この場合はお嬢様の方でございますね。ケイス様のお気持ちを優先するように、と、主人から承っております。ああ、申し訳ございません、わたくしの主人は公爵家当主であるクリストファー・マーシャル様ではなく、ご嫡男であらせられる、テディー様でございます。此度の縁談はクリストファー様ではなく、テディー様が強く望まれ、”良い返事”をわたくしが持ち帰るのを、今か今かとお待ちしておられます。ああ、申し上げておきますが、クリストファー様も大賛成されております。あの冷血漢が女性に興味を持つなんて。こんな幸運はないから縛ってでも連れて…ゴホン。丁重にもてなし、良い返事を掴み取ってくるように。そう言い含められております。」



執事の人は見た目はかなりの美丈夫である。上質な執事服に洗礼された所作。さすが公爵家嫡男付きの執事、そんな風格すらある。だけどなんだろう?よく喋る。ほんとに。私とお父様はまだ一言も話していない。だけどこの人が来てかなりの時間が経っている気がする。



端々で聞こえる不穏な言葉。誰を縛れって?しかも、やたら良い返事を強調してはしないかい?



「それで、お返事はどういたしましょう?」



もはや、断れないことは承知の上。だけど恐らく、彼なりに強制はしていないつもりなのだろう。彼を見ていると思い出す。テディーのあの不敵な笑みを。だけどこの人たちは忘れている。



「申し訳ございませんが、私は今、ラビット・カラトラバ様と婚約中ですの。ですからマーシャル様の申し出はお受けできませんわ。」



まだ・・私とラビットは婚約者同士である。将来解消か破棄をする予定であるとしても、今はこの大義名分を手放すわけにはいかない。私は生前、完璧な人間でもなく心がキレイな聖人でもなかった。平凡を絵に描いたようなサクラという私がモブでしかないアシュリーに生まれ変わってしまった。高スペックな彼女の能力は確かにすごい。



だけど、中身がサクラなのだ。そんな私では、全属性持ちだろうがなんだろうが、公爵家の息子との婚約なんてそんなヒロインみたいなこと、こなせるわけがない。

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