第44話

「で、だからあいつ、今日来なかったのね。」


「まぁ流石にですよね。」



毎日のようにうちの部署に来ていた夏生が今日、来なかった。それに寂しさを感じるのは、私がまだ彼を好きな証拠なのだろう。


期待していたところもある。気持ち悪いとは思ったけど、家まで来てくれた彼の必死さを見たから。


復縁はないと絶対だと思っているのに、彼が追いかけてくれることにほの暗い優越感を覚えていた。


「自分って、結構最低な人間なんだなって思いました。同時に惨めでした。縋る気もないくせに、なぞに期待しちゃってたんです。まだ好きでいてくれてるって思ったら正直嬉しかったし。なのに、やり直そうとは微塵も思わないんです。最低ですよね。」



気分が優れないくせに、罪悪感に目の前のビールを煽る。美味しくない。いつもはすごく美味しいのに。



「当たり前だよ。別れたてで気持ちが残ってないやつなんていないんだから。私とか、一生私を追いかけてればいいのにって思ってた人もいたしね。そんなもんよ人間なんて。実際に浮気をしたのはあのクソなんだから、それくらい思ってもバチは当たらないわよ。私なら殺してるね。この動画持って人事部?いや、社長室に乗り込んでるわ。」



早口でそう言った間宮先輩に曖昧に笑みを返した。そりゃそうなんだけどね。割り切れないのは私がアホだからかな。



確かに。この動画をリークすれば流石に社長の従兄弟でも夏生の人生は終わる。腹いせにそれをしてもいいとは言えないけど、それぐらいムカついてはいるから。



だけどそれをしないのはやっぱり、私は善人であるというより、それをした自分が他人にどう見られるか、という保身が先行するからで。



結局、浮気をされて別れた。それだけで。私の気持ちはきっと、風化するまでまた苦しみながら放っておくしかないのだと思う。

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