故郷への想いと水陸逆転の理由

「フランスに行こうよ」



「レオン、急にどうしたんですか」



「そうか、ローランは知らないか。僕の故郷がフランスだってことを」



「初耳です」



 ローランを買ったのはイギリスの大手AI企業の見本市だった。その賢さに一目惚れして、大枚をはたいたのだ。「あくまでも見本です」とやんわりと断られた。しかし、レオンの熱意に負けたのか、最終的には「保証期間なしなら」ということで売ってもらった。



「そんなわけだから、フランスまで航行をお願い。ローランに任せていいでしょ?」



 ローランは「かしこまりました」と答えたのちに、「ニューヨークみたいに海中人がいても知りませんからね」と付け足した。



 レオンは久しぶりにフランスに帰ることがたまらなく嬉しかった。母が作ってくれたキッシュ。その焼き上がりは、中がふんわりと柔らかく、溢れんばかりのジューシーさ。近所でも評判だった。エッフェル塔に登った時は、風で揺れて弟が大泣きしたのを覚えている。そして、父は鉱物研究の第一人者だった。今のレオンがあるのは、父の影響が大きい。



 あっという間にパリに着くとレオンは思った。今度は自身が海中を旅しようと。



「ローラン、船に潜水服があったよね?」



「はい。ある程度の深さであれば、対応可能です」



「じゃあ、用意をお願い」



 海中に潜ると、ニューヨークと同じで廃墟と化していて、とても生き残りはいそうにない。しかし、故郷だけあって、海中に沈んだエッフェル塔などを見ると、胸が締め付けられる。



「ローラン、指定したポイントまで、あとどれくらい?」



「レオンの家まで残り500mです。その角を右折です」



 宇宙旅行に出かけている間に周りは一変しており、以前の記憶を頼りにすることは出来なかった。ローランの指示なしでは辿り着けなかったに違いない。



「あ、見えてきた」



 レオンの目に映ったのは石造りをメインに木を組んだ建物だった。三角屋根に瓦屋根。海藻が付着しているが、見まごうことなくレオンの家だった。レオンは癖でカギを取り出そうとしたが、すでに扉は開いていた。習慣というものは時間が経っても体に染みついているらしい。



 レオンが居間に入ると、ハイタイプのテレビ台に置かれた写真立てが目に入る。当然、写真は海水に耐え切れず跡形もなかったが。レオンが唯一恐れていた「家族の遺体が浮遊している」ということはなかった。



「レオン、思い出に浸るのもいいですが、目的を忘れないでください」



「そうだった」



 レオンが家に帰ってきたのは、他にも理由があった。父の研究日記が見つかれば、レオンが不在だった間に見つかった鉱物が分かるかもしれないと考えていたのだ。父は大事なものは金庫で保管していた。



 厳重な金庫の前まで来るとダイヤルを回す。番号は父の誕生日だった。セキュリティとして機能していないような気がしたが。ダイヤルを回すと、ゴポゴポと音を立てて重い扉が開く。



 レオンの淡い期待は見事に打ち砕けた。研究日記の残骸と思われる紙片が漂っているだけだった。そこには「南極 新鉱物?」「逆転」といった文字が書かれていた。得られた情報は南極で新鉱物が見つかったらしい、それだけだった。「逆転」というのは水陸の逆転を指しているのだろう。つまり、逆転した後も何かしらの手段で生きていたに違いない。



「そろそろ、そっちに戻るよ」



「レオン、よく見てください。足元にもう一枚メモが見えます」



 ローランの指摘を受けて足元のメモを拾うとそこには「ポールシフト」と書かれていた。文字の下には二重線が引かれている。重要なことは分かったが、レオンには何を意味するのかさっぱり分からない。



「ローラン、ポールシフトってなんだい?」



「簡単に言えば、何かしらの理由で南北が逆転することです。もし、地球でポールシフトが起こったのなら……」



「水陸逆転の原因の一つの仮説になるわけか」レオンはローランの言葉を引き受ける。



「ひとまず、船に戻るよ。南北が逆転したのなら、僕一人じゃあ地球をもとに戻せそうもないけれど」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「レオン、一つお知らせがあります」



 いつも冷たく淡々としているローランの声にわずかな温もりを感じる。



「知らせ? まさか、ポールシフトをもとに戻せるとか?」



「それは諦めてください。レオンが水中に潜っている間に、一筋の光を観測しました」



「なるほど、隕石ね。でも、それがどうしたのさ。ありふれた事じゃないか」



「隕石とは違います。その光から。おそらく、レオンのように宇宙旅行に出かけていた者が戻ってきたのではないでしょうか」



 やはり、レオンと同じ境遇の人がいたのだ。



「ローラン、次の目的地はその宇宙船の落下地点だ」



「かしこまりました」



 通信の主がどんな人物かは分からない。しかし、同じ人類であることには変わりない。この広大な地球で一人ではない事実がレオンの支えになった。彼もしくは彼女も同じ考えに違いない。レオンはわずかな希望を持って旅を続ける。いつか、人類が再び栄える日まで。

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地球は茶色かった〜水陸逆転した世界での生存記録〜 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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