姿なきハンター

 浮遊クラゲの体液によって浮かび上がった鳥のシルエットは、まるでサギのように細く長い首とくちばしを持っていた。



 まさか、狩猟中に乱入者が現れるとは思っていなかった。向こうもこちらに気づいたに違いない。首を上下に動かしながら、ゆったりと近づいて来る。



 そうか、モグラたちの動きがおかしかったのは、これが原因か。透明だったから、視認できなかったのだ。



「こいつの弱点を特定するのに、どれくらいの時間がかかる?」



 レオンは腕に装着したデバイスに向かって叫ぶ。ローランの答えは「不明です」だった。



 弱点を探すのは諦めるしかない。では、この場を離脱するには? どうにかして宇宙船まで戻りたい。透明サギの飛行速度は未知数だが、宇宙船より速いとは考えにくい。宇宙へ飛び立てなくても、飛行自体はできる。



 レオンは足元に落ちている小石を掴むと、思いっきり遠くに投げる。原始的だが、すぐに実行できるのはこれくらいだ。うまくいったらしい。透明なサギは反対の方を向く。今のうちだ。レオンは船に向かって走り出す。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「レオン、お帰りなさい。無事なようで何よりです」



「ああ、無事だよ。かすり傷程度で済んだ。だけど、結局収穫はゼロだよ」レオンは身体中についた砂を落としながら言う。



「命があっての物種です」



 その通りだが、今後の課題が見つかった。レオン一人ではどうにもならない困難にぶつかる可能性が高い。それならば、人手を増やすしかない。そう、アンドロイドを作るのがいいだろう。アンドロイドなら食料は不要だ。エネルギー補給は宇宙船に搭載されている充電器で間に合うはずだ。



「ローラン、セキュリティアンドロイドS-01の設計図をディスプレイに映して」



「かしこまりました。製造用の部品も用意しますか?」



「お願いするよ」



 部品がベルトコンベアに乗って次々とやってくる。最後にアンドロイドを作ったのはいつだっただろうか。記憶が正しければ20年以上前になる。腕が錆びついてなければいいのだけれど。



 セキュリティアンドロイドを作れば、船の防御を任せられる。それに、探索の時に連れていけば、何かと役立つはずだ。海中に連れていく可能性もあるから、防水性に改造する必要がある。



「ねえ、ローラン」



「はい」



「アンドロイドの体色は迷彩色の方がいいと思うんだけど、ここには森がないから、砂に似せた方がいいよね?」



「ええ、それが合理的です」



「だよね」



 元の体色は人間に似て肌色だ。一手間かかる。組み上げると、スプレーで体色を変える。



「ローラン、アンドロイドにはどんな武器を装備させることができる?」レオンは考えを巡らせた。



「近接武器としては、ナイフやブレード、遠距離武器ではレーザーガンが考えられます。さらには、非致死性のスタンガンも搭載可能です」ローランの声は冷静だが、レオンの心は高鳴った。



「非致死性の武器を優先してほしい。もしまた透明なサギが現れたら、捕獲したいから」

 


「了解しました。捕獲用のネットも追加しますか?」



「うん、お願い」



 アンドロイドの組み立てが完了するまでの間、レオンは周囲を見回す。何かが近づいてくる気配がした。思わず息を飲む。再び透明サギが姿を現したのだ。



「ローラン、警戒態勢に入れ!」レオンは素早く指示を出した。



「了解、警戒態勢に移行します。」



 アンドロイドが完成するまでの数分が、まるで何時間にも感じられた。透明サギはじっとこちらを見つめ、少しずつ近づいてきている。レオンは背筋を伸ばし、冷静さを保つ。



「大丈夫、無理に接触しなくても、周囲に気を配ればいい。アンドロイドが完成すれば、何とかなるはずだ」自分に言い聞かせる。



 ついにアンドロイドが組み立て終わった。レオンは指示を出す。



「ローラン、アンドロイドに自動操縦モードをセット。透明サギを追跡させて、動きを分析して」



「承知しました」



 アンドロイドが透明サギを追跡し始めた。サギは一瞬怯んだように見えたが、再び優雅に飛び立ち、レオンの目の前から姿を消す。アンドロイドがその後を追う中、レオンは自分の心が鼓動しているのを感じた。



「どこに行った? サギの動きを捉えたのか?」



「まだ視認しています。飛行速度は変化していません。一定のパターンで飛行しています」ローランの声が冷静に返す。



「よし、これで弱点が分かるかもしれない。透明サギが何を狙っているのか、こちらの情報も得たい」



 レオンはアンドロイドのモニターを見つめ、サギの動きがどのように変わるかを観察した。その瞬間、彼は思いついた。



「ローラン、サギの飛行パターンを元に、何か罠を仕掛けることができないか?」



「もちろん可能です。サギの進行方向に、捕獲ネットを展開することができます。ですが、タイミングが重要です」



「わかった。アンドロイドにサギの飛行パターンを学習させて、その間に罠を設置しよう。準備はいいか?」



「準備は整っています。発動の合図をお願いします」



 心臓が高鳴る。これはただの狩猟ではない。未知の生物との知恵比べだ。レオンは息を整え、心の中でカウントダウンを始めた。



「3…… 2…… 1…… 今だ!」



 罠が展開され、透明サギがそのまま飛び込む瞬間、レオンは思わず目を瞑った。一瞬の静寂。



「レオン、透明サギがネットにかかりました」



 レオンはホッと胸を撫で下ろす。捕獲できたのなら、分析した上で今後の役に立てることができる。



「よし、船に引き上げて。早速、解剖といこうか」


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 透明サギは大人しくしている。麻酔を打ったからだ。適量が分からなくて苦労したが。



「ローラン、こいつの透明化する原理は分析できるかい? もしかしたら、透明化する技術を服に組み込めるかもしれないから」



「了解しました」



 ローランの返事と同時に、解剖台に光が走る。



「それで、結果は?」



「残念ながら、透明化の原理を使うことはできなさそうです。特殊な器官によって行っていたようです」



「そうか。ありがとう」



 レオンは透明化という武器が手に入るかもしれないと期待していただけに、ショックも大きかった。



「慰めになるか分かりませんが、食料にはなりそうです」



「本当かい!? それだけでも大きな一歩だよ」



 これで、食糧難は一時的に解決したことになる。次は何をするか。そろそろ、遠くの探索を開始してもいいだろう。



「ここから一番近い都市はどこ?」



「ニューヨークになります。当たり前ですが海中に沈んでいます」



「沈んでいるのか……でも、そこに行けば他の資源も見つかるかもしれない」レオンは新たな希望に胸を躍らせた。「よし、ニューヨークに向かおう」



「承知しました。出発の準備を整えます」ローランの声が響く。



 レオンは一瞬、沈んだ都市の光景を思い浮かべる。海の底に眠る文明の遺産。そこには未知の可能性が広がっている。



「これは新たな冒険の始まりだ。行こう、ローラン」レオンは決意を胸に、次なる目的地に向かう準備を始めた。

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