『タキ軍曹』

「・‥愛は神からでて、愛するものはみな神からうまれたのです」

「そういうものか」

「まことの光はすべての人をてらすのです。光の子となるために、光のあるうちに、光をしんじなさい。そう教わりました」

「うめ君は、その、光の子? になりたいのかい?」

「わたしは光の子になれないとおもいます。ただ教えのとおり祈るだけです」

 そこへ、先刻どこかへ走って行った男性が、別の男性を連れて戻って来た。

「やあ。君かね」

「タキ軍曹! 失礼致しました!」

 胡坐をかいて座っていた、背の高い男性が慌てて立ち上がり、敬礼をする。「うむ」軽く返答をして、タキ軍曹と呼ばれた男性も敬礼を返す。タキ軍曹が敬礼を解くまで敬礼を続け、「楽にしたまえ」と言うまで直立不動の体勢だった男性。軍曹というのがどれほどの階級なのか、少女には知る由もなかったが、少なくとも先の二人より上なのは間違いない。

「金属の提供をして貰える。という話だそうだね」

「買ってもらえますか」

「うむ・‥実はな。ここだけの話にしてくれ。今、我々は窮乏しておる」

「きゅうぼうってなんですか」

「苦しいのだ。金銭的に」

「そうなんですか」

「だから民間から、無償での提供・‥言葉を飾っても仕方あるまい。徴発をしておる」

 タキ軍曹と呼ばれた男性は、先の男性二人と比べ、それほど年上には見えない。二十代前半か、二十歳そこそこかも知れない。鷹揚な口調は、若さを取り繕うために意識してのものだろう。

「このきんぞくも、ちょうはつしますか」

「いや。軍としては、金銭や引換券との交換を、しておらんという話だ。だが私個人が、その銃弾を買うのは自由なのだ」

「買ってくださいますか」

「私個人の、給料の範囲でしか出せないがね。銃弾をよく見せてくれるかね」

「どうぞ」

「十二・七ミリに・‥二十ミリ弾もある。凄いな。どこで拾ったのかね」

「きぎょうひみつです」

「ふ、フフ。難しい言葉を知っておるな」

 愉快そうな笑みを浮かべるタキ軍曹。それから思い切ったように膝を一つ叩いて、「今、手元にあるのは伍圓ごえんだけだ。これで銃弾全てを買おう」ポケットの紙幣を取り出す。

「そんな大きん」

「これで、暫く食べ物には困らんだろう。しかし今、何もかもが値上がりしておるからな。これだけでは、いつまでも暮らせんぞ」

「これで、おコメが買えます。ありがとうございます」

「こちらこそ。金属の提供、助かる」

 幼いながら、ぺこりとお辞儀をする少女に、タキ軍曹も丁寧な敬礼を返す。

「神は、心のきよい人はさいわいである、とおっしゃいました。タキぐんそうは、心のきよい人ですね」

「なに。戦争が長引き、国民を窮乏させておるのは、我々だ。申し訳なく思う」

 少女は少し迷っている様子だったが、意を決したように口を開く。

「すべての人とともに平和を、せいなる生かつをもとめなさい」

 意表を突かれ目を丸くするタキ軍曹。

「神のおことばです。あらそわず、平和になりませんか」

 少しの間、少女の言葉を反芻してから、ゆっくりと諭すように語りかける。

「今の、戦争の話だな。我々が戦うのは、平和のためだ。天皇陛下も、首相も。みな平和を求め、忍耐を続けてきた。粘り強い交渉を続けた。話し合いだ。対話による解決の道を探った」

「はい」

「しかし、時流がそれを許さなかった。我々だって戦いたいわけではない。相手もそうだろう。だが。時に対立し、本気で殴り合って。その先に解決が、平和な未来があるのだ」

「そう、ですか」

「平和のための戦いだ。平和を求めるが故だ。うめ君にはまだ難しい話かも知れんな。我々は祖国のために戦っておる。敗北は許されんのだ」

 タキ軍曹の強い眼差しに、少女は返す言葉を知らない。

「ところで。この銃弾だが。まだ他にもあるかね」

「はい、こんどひろってきます。また買ってくださいますか」

「うむ。また来る。その時までに用意しておいてくれ。行くぞ」

 三人の軍人は、少女に対して敬礼を残すと、サッと踵を返した。

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