銃弾拾いの聖少女

武藤勇城

『聖少女』

「はじめに神は、てんとちをそうぞうされたのです。神はすべてをうるわしくつくり、えいえんを人の心にあたえました」

 道行く人は、誰も少女の話に足を止めなどしない。

「ことばはにくとなり、わたしたちにやどりました」

 必死に訴えかける少女の眼前を、何も見えず、何も聞こえなかったかのように、大きな荷物を抱えて通り過ぎる。

「神はおっしゃいました。わたしはぶどうの木、あなたがたはそのえだであると。さあ祈りましょう。神によろこばれるようにつかえましょう」

 両手を合わせて目を閉じる少女に、二人組の軍服を着た男性が近付く。

「君。ここで何をしているんだい?」

「チャーチの、キリストの教えをといています」

「もしかして、そこの教会にいた子供かい?」

「はい」

「お名前は?」

「うめ、です」

「うめちゃんか。お幾つなんだい?」

「せいかくにはわかりません」

「自分の年齢が分からないのかい?」

「はい。わたしはせんさいこじなので」

「戦災・‥孤児?」

「シナじへんのとき、ひろわれたそうです」

 一九三七年。シナ大陸で起きたソ連の共産主義者、コミンテルンの謀略。これに端を発し、日本とアメリカ、それに世界中が戦渦に巻き込まれた。

「じゃあ今は七歳か、六歳か」

「ひろわれたとき、三つか四つだったそうです」

「となると十歳前後か。大変だったね」

「いいえ。神はしれんをあたえたもうたのです」

「試練を? それはやっぱり大変じゃないか」

「いつもよろこんでいなさい。たえず祈りなさい。どんなことにもかんしゃしなさい。それが神のおことばです。あたえてくださったしれんは、わたしのよろこびです。祈り、かんしゃしなければなりません」

 二人の男性は、どうしたものかと顔を見合わせる。小さく頷き合うと、背の高い方の男性が屈み込んで少女と目線を合わせ、優しい口調で言う。

「そうか、偉いね。よく牧師さんの話を聞いていたんだね。ところで、今はどこに住んでいるんだい?」

 うめと名乗った少女は、「あそこです」と通りの向かい側を指さす。そこには窓が割れ、壁が破壊され、廃墟というより瓦礫の山になった元教会がある。

「うん、そこの教会で教わっていたんだろう。それで、今はどこに住んでいるんだい?」

 優しく、もう一度同じ質問を繰り返す。しかし少女も、同じ場所を指さしたまま、「あそこです」とオウム返しする。

「そこはもう誰もいないし、人が住めるような場所じゃないだろう」

「でも、あそこです。チャーチです」

「孤児だと言ったね、保護者の方はいないのかい?」

「いません。シスターも、パストールも、みなお国へかえりました」

「教会で保護されていた、って事かい?」

「チャーチで、シスターとくらしていました」

 困ったような顔で、背の高い男性はもう一人を見上げる。もう一人の男性も膝を曲げ、身を低くして少女に声を掛ける。

「うめ君。じゃあ今は一人であそこに住んでいるんだね」

「はい」

「水やご飯はどうしているのかな」

「お水は、いどをつかいます。たべものは、うらのはたけでポテトをつくります。プラムとファーコーンの木もあります。それから、これをひろって買ってもらいます」

 そう言って少女は包んだ布の中身を見せる。そこには大小様々な薬莢が入っており、包みを開くとジャラジャラと重そうな金属音を立てる。

「どうしたんだい? これ」

 驚く二人の大人を見て、初めて可笑しそうに笑みを浮かべる少女。

「あちこちにおちています。教えてもらいました。きんぞくがたりないから、へいたいさんがあつめてまわっているって」

「確かにそうだが・‥」

「へいたいさん、このきんぞくを買ってくれませんか」

 また顔を見合わせる二人。数人の名前を挙げながら、何事か相談していたと思ったら、「一存では決めかねるから」とだけ言い残し、一人がいずこかへ走り去る。背の高い方の男性は腰を屈めた体勢から地べたに胡坐を組んで座り直すと、暫し少女との談笑を楽しみながら帰りを待つ事にした。

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