診察結果
1 朝の目覚めはいかが
目を覚ますと、5時前だった。外は、まだ暗く新聞配達のバイクの音がかすかに聞こえる程度だ。
「珍しいな。こんな時間に目覚めるなんて」
いつもは、6時半にいやいや目覚めるのだが、その日に限っては早く目覚めた。
「昨日の悪夢のせいかな」
昨日の、荒廃した東京の悪夢をぼんやりと考え始めた。
「30年後の東京か。俺は、59歳になると、あの町で生きていくことになるのか」
考えるだけで気持ちが沈んでくる。あんな真っ暗な世界で生きていくなんて御免だ。
しかし、もっと大きな疑問があった。
「それにしても、あれは何なんだ?」
夢というのは普通、脳内で考えていることが出てくるものだ。恒武は日本の未来なんてまともに考えたことなんて無かった。
「どうにも奇妙な夢だ」
そう言うと、彼は布団から飛び出ると、食事の支度を始めた。
朝食は、昨晩炊いた米と春巻きの残りだ。それらを散らかった部屋のど真ん中にある机の上に並べていく。
「う~む、何かが足りない気がする」
彼はつぶやくと冷蔵庫をあさり始めた。といっても、ただバカにでかいだけでほとんどすっからかんだ。
「これでいいか」
彼は、そう言ってサラミを出すと封を開けた。
朝食を食べながら、彼は、携帯で夢のことを調べ始めた。
それによると、北門医療大学の研究所が夢診断をしてくれるイベントがあるみたいだった。
「えっと、場所は・・中野か。地味に遠いな」
会場は中野新井キャンパス内にある、医療心理センターだった。
「夜10時までやってるんなら、仕事帰りに行けるな」
彼は嬉しそうに立ち上がると、食器をかたずけて家を出た。
2 中野にて
キャンパスは、JR中野駅の近く、セントラルパークのすぐ横にあった。
思ったより規模は小さいが、医療心理センターの屋棟だけは目立つほどに大きかった。夜9時を回っているせいなのもあるだろうが、かなり気味が悪いように見える。
建物の中は意外と綺麗で、普通の病院という感じだ。
「あ、夢診断の方ですか?でしたら、3階の心理学研究特別室ですよ」
横を向くと、学生らしき女性がいた。
「あ、そうですか。階段はどちらに?」
あっちのというふうに無言で奥の方を指さすと、彼女は去っていった。
(なんだこの中途半端な対応は・・)
彼は、そう言いそうになるのをぐっと堪えて歩き出した。
3階は薄暗く、歩くのに少々躊躇した。
受付の机は、階段を上がって5メートルばかり進んだ場所にあった。
「診断の方ですね。こちらに生年月日とお名前をよろしくお願いいたします」
受付の女性は、さっきの人と違い、かなり丁寧だ。
「ありがとうございます。では、あちらの方にお進みいただいて椅子に座ってお待ちください」
部屋に入ると、診察室独特のにおいが殆どなかった。その代わり、嗅いだことのない不思議なにおいがした。部屋は普通の研究室という感じで、両サイドの壁が本棚に大量の本やファイル、データディスクのケースがぎっしり置いてある。
部屋全体は白を基調にしていて、かなりきれいで整理整頓してある。
「なんだこれ・・。聞いたこともない匂いだな」
彼はつぶやくと、椅子に座った。夜遅くなのもあり、先客もほとんどおらず、1,2人程度だ。ただ、こんなマニアックなイベントに来るもの相当なもの好きだから、昼でも少ないだろうと彼は思った。
「相島さーん、どうぞ~」
そう呼ばれた男性は、さらに奥のカーテンで仕切られた空間に入っていった。その後、10分ばかり経っても戻ってこない。
「だいぶ時間かかるんだな・・」
彼は携帯を見始めた。
だが、1,2分も経たないうちに集中ができなくなった。
どうにも集中ができない。かなり緊張しているのだ。
(夢が気になりすぎて集中できんな)
彼は、ボケーっとした。いろんなことが脳内に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
「岸末さーん」
また、男性が入っていった。次は恒武である。
「いよいよ次だな」
腕時計を見ると、9時40分だった。さっき入ったのは9時20分だったので、おそらく、次に入るのは10時頃だろう。
彼は、また携帯を見始めた。別段見るものはない。ただ、胸の中で渦巻く不安を和らげたいだけだ。
なんとなく、ネットニュースをのぞいてみた。株高だの、首相の動静だの未来を見た身としては糞とも思わないような事がトピックに上がっていた。
(へ、誰も長い視線で物事を見れないんだな。まあどうせこういうのは素人が書いてるものだし)
「大島さ~ん」
名前が呼ばれた。どうやら、こうしてる間に20分経っていたらしい。
「はい」
カーテンの中に入った。中は見たことのない機械と、ご太い紙束を持ったメガネの男性が座っている。
「どうぞ・・」
男性は椅子を恒武に勧めた。
「はい・・」
男性は、難しい顔をしている。
「こんばんは。こんな夜中にどうも。私、当大学の教授、飯岡彦助と申します。早速ですが、診断に移ります。最近、変わった夢は見られましたか?」
いきなり診断に移るものだから、恒武は戸惑った。
「え~っと」
「多少支離滅裂でも構いませんよ。話してみてください」
彼は、飯岡の言葉に従い、夢の内容を話し始めた。2日目の東京の姿の説明が難しかったが、何とか話し終えることができた。
「なるほどねぇ。本当に、未来については考えたことがないんですね?」
「はい、ちっとも」
「分かりました。では、こちらの機械のベッド部分に寝転がってください。靴はぬいでくださいね」
機械は、МRI検査の機械よりはるかに大きく、一つの建物のように見える。
彼は寝転がると、自然と目を瞑った。
「寝ても大丈夫ですよ。あと、10分はこの状態なので」
彼は、眠りについた。
「おはようございます。奇妙な夢は見ましたか?」
飯岡が、冗談ぽく言って起こした。
「いいえ、全く」
恒武はいたって真面目に答えた。
「結果はどうなりました?」
「特に異常はないですね。変わったところもなく、かなり健康ですよ」
飯岡は、パソコンに数値などを打ち込み、印刷した。
「はい、診断結果です」
彼は、紙を見た。いろいろ数値が記入してあるが、1つも分からない。
「まあ、要するに健康ってことですよ。深く考えることはないです」
「それで、分かったこととかは?」
彼は、少し食い気味に聞いた。
「特にないです。ただ、あなたの夢の内容を考察するとすれば・・・それは、あなたの脳、潜在意識の未来予測的なものじゃないかと思います」
「と言うと?」
彼は、どんどん前に出てきている」
「潜在意識というのは、常に動いているものです。例えば、何か適当なことを考え始めるとします。内容は何でもいいです。悩みとか、仕事のこととか。それを潜在意識は常に考えているんです。脳みそのエネルギー6~8割はそこに使うって言われてますね」
飯岡は、ふぅと息をついた。
「その状態が大きくなりすぎると、なんとな~く鬱っぽくなるんですね。なんだか不安になる状態はその時です。で、潜在意識が結論を出すと、アイデアとして浮かんできます。天から降りてくるなんてアーティストが良く言いますが、こういうメカニズムなんです。」
恒武は、ずっとうなずいている。
「で、あなたの場合ですが。潜在意識は、たまに夢に登場します。夢の中に知らん人が出てくるのもこれです。つまり、あなたは、潜在意識、つまり脳の奥底で日本の未来を考えている状態にあるんです。そして、潜在意識が、日本の未来予測をあなたに
夢の中で見せたんです」
恒武は、驚いて目を見開いた。
「つまり、無意識に日本のことを僕は考えていたんですか」
「そういうことです」
3 帰り道
彼は、駅からの帰り道で考え込んでいた。
「そういうことだったか」
彼はショックなのか、結果が分かってうれしいのか全く分からない感情になっていた。
「でも、目的ができた気がする」
彼は、いきなりジャンプをした。
「予測なんて変換してやる!」
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