儚命記

黒園ゆうり

第一話 色なき風

「幼き頃の記憶

とうの昔の 過ぎたこと

誰にも内緒よ 秘密なのよ

バレないようにね しぃだからね

影に向かって 指を結んだ」


かえでは津島の高一男子

帰りに寄った公園で

ブランコこいだら

首から下げた 鍵を落とした

拾おうとしゃがめば

足元そこにいたのは逆さの狐

でんぐり返って 狐は語る

「名を妖狐ようこ

「鍵に封印されていた狐だ」

妖狐は自身の体を見てつぶやいた

「まだ完全に解かれたわけでは無いのだな」


「お前、秋庭時雨あきわしぐれか?」

「いや、違う。それは母の名前だ」

「ではお前は息子か」

「あぁ」

少し残念がる狐


「私は儚命記ぼうめいきをもらいにきたのだ」

妖狐は大きくなる

覆い被さるように 大きくなる

「儚命記とはなんだ?」

「しらんのか」

知らなかった

「教えてやろう」

「ついてこい」


言われて追えば影なき者

目配せ語る

「奴らはあやかし

「私と同じだ」

「強さは私の方が上だが」

一言多い

と思う


「儚命記は妖の記憶を封じている」

「記憶を封じられると動きが悪くなる」

「何故なら妖も人も」

「記憶に動かされているからだ」

狐の言うことはわからない

まず話せる狐が意味わからない


けれど、間違ってはいないのだろう

嘘はかないのだろう

目は嘘を吐けない

見てしまっては吐きようがない


目の前の影の無い者

光を全て吸い込むような

黒い髪と瞳の女性

あのひとの記憶も

ここにあるのだろうか


ふたりに気づいた妖は

こちらを向いて

「あなたは秋庭時雨様ですか?」

「いえ、時雨はもういないです」

「そうですか」

そのひとは少し寂しそうな顔をする


「記憶を置いていったままだったので」

「時雨は可愛い子で」

「とても優しくって」

「記憶の中だけでいいから」

「もう一度会いたくて」

「……そうですか」

返したい

彼女の記憶を

思い出させたい


「ふん、」

「鍵をさし」

「本を開き」

「名を呼び」

「開かれたページを取る」

「ページを妖に向け」

「こう語る」


『お返しします。あなたの秘密を、内緒話を』

返る記憶のひかること、

蛍の様な 小さな光

今もまだ、そこにいたかった──


「ありがとうございます」

「私、思い出せました」

「さようなら」

妖は帰る

帰る場所に帰る

あぁ、あのひとはきっと、


妖狐に話す

「俺はこれの記憶を返したい」

「大切な記憶は人だって妖だって忘れたくないだろう」

それに忘れてしまうのは

寂しいじゃないか


妖狐は問う

「やるのかい」

楓は返す

「もちろんだ」

「そうか」


記憶を返す記録の始まり、始まり。

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2024年10月15日 01:00

儚命記 黒園ゆうり @yu21ri

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