第5話 宇宙をにやける
ドンドコドンドコ…
夏の夜を打ち鳴らす太鼓の音が自分の鼓動と重なる。
「…」
…
「………ぇ…?」
空洞と孤独に苛まれる。
横を通る人間がこちらの顔色を除いて歩く。
ルールと指標に塗れた世界に数える間もなく息を吐く。
立ち止まったわたしに肩をぶつけるやつもいる。
見覚えしかない風景に嫌悪感を抱く。
「………ぁ」
「ね…ねえ…」
「ちょっとあっち行こ…」
いつからいたか、隣のあめたそが囁く。
腕を引っ張られ屋台から少し離れた神社の石段に腰を下ろす。
「みんなーどうしたのー*」
「…い、いや…」
終わらせた運命から逃れることが不可能なのか。
意味もわからずここに現れて。
「……今日はもう帰らない?」
そんなことしか言えなかった。
皆がどんな心境だったのか、自分と同じ境遇か。
そんなことあるわけない。
聞けない、言葉に表せられない。
頭がごちゃごちゃしてやっとの思いでできたのがこんな提案だった。
「…そうだね~、今日はそうしよっか~」
頷き、目も顔も言葉も交わすことなく別れた。
───
週休4日でも持たない精神が体までも疲労させる。寝ても寝てもされど憂鬱。
どうしても忘れられないあの日あの時の感触が腹を擦る。
「…」
他のことをして気を紛らわす体力もあらずまた眠りに堕ちる。
~
咲き乱れるノースポールが一面を覆いひとつひとつに意思があるようにみえた。
そのなかのひとつを摘んで髪に指す。
綺麗なのになぜか知られないこの花は自分の誕生花だった。
太陽みたいに明るい黄色でまるい花芯を純白の花弁が囲う。
シンプルで花らしい見た目なのに日の目を浴びないこの存在に縋るわたしがいた。
子供のとき…小学生の頃か。家族でおばあちゃんの家へ行った。
その時庭に咲いていたのがこの花。
花壇に咲いているとか、おばあちゃんが植えたとかではなく自然に咲いたものらしかった。
沢山というより数輪。
岩の陰にちょこっと咲いていたそれは自分の意思でここにいるんだな、などと子供ながらにわたしに重ねていたことがあった。
見た目通り毒はない
毒が人の胃に反応し、吐き気を催し、岩の隅にちょこっと咲いてそうで、岩に隠れて咲いてそうで、
頻く頻く意識を取り戻し重ねてしきりに吐き出させ、
自分と特徴がとても似ていて
気がつけば茎が大きな荊棘へて変化し大動脈を刺し
好きだった
~
知る天井を久方ぶりのように感じ、暗いなかスマホのライトを浴びる。17:08。
ささやかな安堵と窮屈な脳内に気持ちが抑えきれない。
夢がほんとに夢なのか。これがほんとに目覚めた世界なのか。どこからどこまで現実なのか。
いやらしい焦燥感に押しつぶられそうになる。
そんななか扉が開く。
「今日の部活行かなかったの?」
母親の些細な言葉により言葉を失う。そんなはずがないからだ。
別世界線に変わってしまった?非現実的とかいう話じゃない。おかしいのは今である。
なにを思ったのかスマホを再確認する。2023年?8月22日。
「1年前…?」
「明日は行きなさいよ」
ドタンと閉じるドア。追いつかない。
現状に追いつけない。慌てて部屋中を歩き回る。
なんでこうなってしまっているのか、手がかりがどこかにあるのか。
そこで鏡を目にする。写った光景は
「去年のわたし…?」
見た目で感じるに少し前の自分に似ていた。
見た目は遜色ないが高校を辞めると決めたときの自分と似ていた。そんな感じがした。
「ら、line……でも誰に…自分と同じようになったとは限らない。皆が覚えているか?いやまずそもそも記憶が残っているわたしがおかしい?」
ただあのときの皆は様子がおかしかった。
前回?は疲れたと言った後みぃちゃんと喧嘩になった。その時点で違う。
でもももちゃまは普通だった。自分がおかしい。他は違う。
これまで言われてきた言葉の数々が脳裏によぎる。
「あめたそに連絡しよう…」
悩みに悩んで最善の選択。
それは一番の親友であり、この事象を経験している可能性があるあめたそだった。
──
その日の夜中。
即OKを出してくれたあめたそは
{急にごめん!聞きたいことがあるんだけど近々会えない?}
{いいよ~今日の夜で大丈夫?私も聞きたいことがあるし…}
深夜2時過ぎ、家の近くの公園。
「ほんとにごめん頼れるひとがあめたそくらいで…」
「いいよ~それでどうしたの~?」
「本当にいきなりで意味がわからないかもしれないんだけど。1年前に戻った気がするんだよね…」
だだっ広いこの世界。宇宙で、数々のことが同時に起こる。
そんなどこかの話、わたしには知る由もない。
でもそんなどこかでわたしを見ている人がいるのなら。
宇宙をにやける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます