第9話

 結局、最後の最後まで伊上先生のドッペルゲンガー見れなかったなぁ。

 そう思いながら学校の廊下を歩いていると、丁度伊上先生が正面から歩いてきた。

「…あ」

その瞬間、感じた。人ではない何かを。顔を上げると、伊上先生の隣にいる背格好がそっくりな人物。ドッペルゲンガーと目が合った。

『やっと見えたのね』

わたしの隣を歩くドッペルゲンガーは、「今になって」とため息をつく。わたしの視線に気付いたのか、伊上先生がニコッと笑っていつものように軽く頭を下げた。

『気味が悪いったら…』

ドッペルゲンガーは、ムッとしてブツブツ独り言を言っている。

 あのドッペルゲンガーが見えたのは“さよなら”という意味だったんじゃないか。これから死ぬわたしには、そうとしか思えなかった。


誰も咎められなくて、他に犠牲者が出ることもない死に方。それは死んだ理由をちゃんと説明した遺書を残してから、自殺することだ。わたしがそう考えただけであって、全てが正しいとは言えないけど…。

『あんたが決めたことに、誰も意見する権利なんかないんだから。それでいいのよ』

遺書は昨日のうちに書いておいた。勉強机の引き出しの中に入れておいたから、遺品整理か何かの時に見つかるだろう。

「本当に一緒に死んでくれるの?」

『なんの確認のつもり?どうせあんたが死んだら、自動的にあたしも消えるんだから。最期まで一緒にいてやるって言ってるのよ!』

いつも通りの強気なセリフに、思わず笑みがこぼれた。屋上の柵にもたれて空を見上げる。所々雲があった。でも、太陽はそれに負けじとわたし達を照らしている。

『最後に言いたいことは?あたしも鬼じゃないし、何でも聞いてあげるわよ』

そう言ってドッペルゲンガーはわたしの手を握った。触れているはずなのにそこに温もりはない。

「じゃあ、1つだけ」

柵にまたがると、広すぎるくらいのグラウンドと、その先に続くわたし達の住んでいる町が見えた。

「バイバイ」

柵から手を離し、身を空中に投げた。不思議と恐怖心はなく落ち着いている。落ちる途中、顔を青ざめた伊上先生が見えた。伊上先生のドッペルゲンガーは、信じられないというような顔で呆然とこちらを見ている。

 この選択が、100%正しかったとは思えないし、だからといって間違っているとも思わない。わたしは、今のわたしにできる精一杯のことをしたんだ。

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