第5話
俺には、君が何を言っているのか理解できなかった。
「ねえ、湊くん。その子、ひじりって言うの?」
今目の前にいるのは、本当に俺が知っている君なんだろうか。誰か全然違う人が、君のふりをしてこの場にいるんじゃないか。俺には、そうであってほしいと願うことしかできない。
「なに、言ってんの…?聖は俺と頼ちゃんの子供だよ!?」
君は目を見開いたまま固まっている。
「聖だけじゃない、灯っていう中3の娘もいるんだよ?」
少しづつ君の顔に困惑の色が見え始める。
「…まさか、覚えてないの?」
「――覚えてないっていうか…。多分知らないんだと思う」
怯えるように髪の先を何度も弄りながら、君は話し続ける。
「自分が誰なのかもわからないの。湊くんに呼ばれて、初めて私が頼っていう名前なんだって知った」
「じ、じゃあ…なんで俺のことは知ってたんだよ?あの時、俺が名乗る前に頼ちゃんは『湊くん』って呼んで…。それに、あの時は灯の名前を出しても何も言わなかったじゃん」
布団を強く握り締めた。君は、一体誰なんだ…?
「湊くんのことは、なぜか知ってた。私が生きてた時の湊くんのこともちゃんと覚えてるし。でも、その灯ちゃんと聖くんのことだけは何も知らないんだ。…ごめんね、湊くん」
泣きそうな目で俺を見る君。俺は何も言えず下を向いた。
「ママ〜?」
沈黙を破った聖の声。驚いて横を見ると、座って目を擦っている聖がいた。
「聖、ママが見えるのか!?」
「うん、ママがあそこにいるのー」
そう言って聖は君を指差す。そのまま不安定なベッドの上を歩いて君のところまで歩いて行った聖は、目の前で座って顔を覗き込んだ。
「いたいの?」
「ううん、どこも痛くないよ」
「でもママ、ないてるよ」
聖に言われて気が付いた。君の目は赤くなり、目からボタボタと涙がこぼれ落ちていることに。
「あれっ、なんでだろうな?聖くんのこと知らないはずなのに、なんだか懐かしい感じがする」
君は両腕を広げて愛おしそうに聖を抱き締めた。おそらく、聖にも抱き締められているという感触はない。
「前から知ってたみたいな気がする。灯ちゃんのことも、聖くんのことも。今更こんなのおかしいよね」
聖の頭を優しく撫でながら君は「ごめん」と一言謝った。
「頼ちゃん、それって。知らないんじゃなくて、一時的に忘れてるんじゃないのかな?」
聖は動いているのに触れていない君の手を、不思議そうに見上げている。
「一時的に?」
「うん。何か思い出す方法があるはずだよ」
とりあえず、灯が帰ってきたらまずは2人を会わせてみよう。方法がないなら、作ればいい。家族4人でまた、笑うために。
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