戻ってきた君
第3話
君の命日の深夜。夏休みが始まって数日のことだった。子供たちが寝た後、君は突然姿を現した。
「え、
「久しぶりだね、
肩に付くくらいの長さの髪を耳に掛け、君は懐かしい笑顔を見せた。小柄な体に華奢な肩。ハキハキとした聞きやすい声。小さな顔は少し幼さを感じるのに、落ち着いた雰囲気で。
「1年ぶりかな?…ちょっと痩せたね。私のせいだよね、ごめん」
俺の顔に手を添え、優しい手つきで数回ほど頬を撫でる。動いているし見えているのに、頬に感触は一切ない。
「頼ちゃんが謝ることじゃないよ。ていうか、家事と育児に仕事もするって、思ったより大変だね。灯がいなかったら絶対無理だった」
「主婦の大変さに、今更気付いたんだ?」
「まあ、はい」
苦笑いをしながら答えると、君は「少し遅くないですか?」と言って笑った。俺は以前のように笑っている君を見て、目頭が熱くなる。
「…もう、なんで泣きそうなの?」
しょうがないな、とでも言うように、君は俺の背中に腕を回した。それでも、やはり背中に腕が触れているという感覚はない。
「だって……頼ちゃんが、また現れたから。1年前のこの日に死んだはずの頼ちゃんが、俺の前に現れてまた笑ってるから…」
必死に堪えようとしているのに、それに反して涙はどんどん溢れてきて止まらない。
「そうだね、私はもう死んでる」
俺から離れると、君は壁に飾ってある去年の冬、灯が賞を貰った海の絵の前に歩いていく。
「でもね、私は湊くんの前にまた現れた」
あの絵は頼ちゃんが死ぬ少し前、家族で行った海を描いた物だ。
「さて…なんででしょうか?」
なんでもクイズにして出すのが、生前の君の癖だった。ああ、そうだ。なんでこの1年ずっと忘れていたんだろう。懐かしむのと同時に、忘れかけていた君との思い出が少しづつ頭に浮かんでくる。
「答えないの?ほら、早くっ!時間切れになっちゃうよ?」
毎回バラバラの制限時間で、その時間はいつも君の気分次第で変わる。
「―この世に、心残りがあったから…?」
「ベタだね。不正解!」
君は歯を見せていたずらっぽく微笑む。
「また、くるから。その時にはわかるといいね」
突然そう言い窓の緣に腰掛けると、君はフッと煙のように消えていった。
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