第26話

 遺言ってやつとはちょっと違うんだけど、死ぬ前に言っておきたいことはあった。

「元気なうちに言ってもいい?」

窓の側に置いてある花瓶の水を変えていたお母さんが、驚いたように振り向く。お父さんは今日はまだきていない。丁度部屋に戻ってきた佑紀君が病室の入口で固まっていることに気付く。私はベッドから起き上がった。

「…あっ!遺言とかじゃないから。2人とも重い空気作らないでよ〜」

私は重い空気をかき混ぜるように、「お願い!」と言って笑う。

「―お母さんは、そんなの聞きたくないわよ」

お母さんは窓の外に目を向けたまま、静かに言った。花瓶を元の場所に戻すと、“コトッ”という細い音が鳴る。

「佑紀君は?」

顔を佑紀君の方に向けると、佑紀君はパッと視線を私からそらした。

「遺言じゃないなら…」

これは無理をしている時の顔だ。自分の気持ちに嘘をついている時の。

「―そっか」

「じゃあ私はもう帰るわね」

お母さんは鞄を手に、早足で病室を出て行く。その姿を、私と佑紀君は声も出ないまま見送った。

「外に行きたい。ねえ、外で話そう」

私は病室の入口付近に置いてある車椅子を指差す。最近では、歩くこともままならなくなっていたから。

「少しだけだよ」

そう言って、佑紀君は畳まれた車椅子を開き私の手を握って座らせてくれた。

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