第20話
ここの旅館を選んだのには、結構しっかりとした理由があったらしい。お母さんから聞いた話によると、お母さん達の新婚旅行がこの旅館だったんだとか。
「露天風呂がね、見える景色も綺麗だし最高なのよーっ!」
お母さんは部屋に入った途端、お風呂に入る準備を始めた。
「もう入るの?」
「いいじゃないの、ここの景色は、明るいうちに見ておかないと損よ?」
お母さんは、黒いボストンバッグからタオルを取り出す。私も、自分のボストンバッグのファスナーを開けた。
「わぁ〜!本当だ、超綺麗っ!!」
私が興奮気味に言うと、お母さんは得意げに笑った。山と山の間に沈んでいく、大きな赤い太陽から目が離せない。
「…やっぱり、その傷は痛むの?」
その時、お母さんは私の左胸の辺りを見て言った。切除した時の傷はまだ消えていなくて、はっきりと残っている。でも、痛みはなかった。
「ううん、初めの頃は少しあったけど。今は全然!時々、本当はまだ胸があるんじゃないかって思うくらいだよ」
見た目ではだいぶ痛々しくなっている。胸板は完全になく、男の人のようになっていた。
「そうなのね」
お母さんは湯船に顔をつけた。
「―せっかくの旅行なんだから!一旦がんの話はやめよ!それで、思いっきり楽しんで、帰ってまた治療頑張るから!」
私はお母さんの隣に並び、夕日を眺める。正直なところ、ここにくるまではそんなに明るく振る舞えるほどの余裕はなかった。でも、3人を見ていたら自然と元気になれた気がした。
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