第16話
左胸がなくなったことは、私には結構こたえた。佑紀君は「関係ない」と言ってくれても、私は精神的にも肉体的にもどんどん弱っていった。
「歩ちゃん、ご飯ちゃんと食べないと。今日の朝も昼もほとんど食べてなかったじゃん」
佑紀君は困ったように眉を下げる。
「…いらない」
病院のご飯は少し薄味だ。でも、それが嫌なわけではない。逆に食べやすくてそっちの方が好きだったくらい。でも最近のご飯は、どれも美味しそうに見えなかった。
「あ、じゃあお義母さんが持ってきてくれた果物切ろうか?何がいいかな」
佑紀君は立ち上がって、果物が入った段ボールを持ってくる。お母さんが親戚から貰ったものを持ってきたそうだ。
「だから、いらないって…」
私は煩わさくてベッドの中に潜り込む。
「歩ちゃん。ほら、このりんごなんか真っ赤で美味しそうじゃ―…」
「だからいらないって言ってるじゃん…っ!」
佑紀君が差し出したりんごを、手で振り払う。りんごが“ゴトッ”と音を立てて床に転がった。確かにりんごは真っ赤で、いつもなら美味しそうだと思うんだろう。でも今は、それが目に入るのも気持ち悪かった。
「あ…ごめん。ちょっと1人にさせてくれる?」
頭まで布団を被って、絶対に目を合わせないようにする。しばらくすると、病室の扉が開いて佑紀君が出ていく音が聞こえた。
面会終了の時間が近くなってきても、佑紀君は戻ってこなかった。もしかしたら、 あのまま帰っていったのかもしれない。
「明日はこないかもね」
そうつぶやいても、返事はかえってこない。そう思っていたら、
「べつに、明日じゃなくてもくるよ」
扉の前にバツの悪そうな顔をして立っている佑紀君がいた。私は驚いて顔を上げる。
「何で!?何できたの?」
「きたらだめだったわけ?もう、電気もつけないで本読んで。目、悪くなっちゃうよ」
佑紀君が電気をつけながら病室に入ってくる。この本は、今日の朝お母さんが新しく置いていってくれた物だ。
「…もう、きてくれないかと思った」
私は本にしおりを挟んで、膝の上に置いた。
「歩ちゃんは、1人だとろくでもないこと考えるね。俺がそんな奴だと思った?」
佑紀君が窓の前に立ってカーテンを閉める。そして、いつものようにベッド脇の椅子に座った。
「いつでも、どこにでも、歩ちゃんのところならすぐに駆けつけてあげるよ」
面会終了の時間まで、あと10分もなかった。
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