第15話

いつか本で読んだことがあるような。そんなお姫様に、自分もいつかなれると信じていた。

「今日も雨だねぇ」

お見舞いにきたお母さんが、暇潰しにと置いていった本はどれも面白くて、すぐ夢中になってしまう。今日も佑紀君がきてしばらくするまで、私は気付いていなかったんだから。

「梅雨、終わったのにね」

佑紀君が氷の入ったアイスティーのグラスを2つ持って、ベッド脇の椅子に座った。

「あと1時間もしたらさ、この雨は止むのかな。そしたら空には虹が掛かって、雲の隙間から光のカーテンが見えるの」

最近の夢は、毎日そんなような内容のものばかりだった。

「雲と一緒に、私のがんもいなくなってくれたらいいのになぁ…」

佑紀君は何も言わない。さっきからずっとグラスの中の氷を眺めていた。

「何で、空は時間が経てば晴れるのに。私のがんは、時間が経つだけじゃなくならないのかな」

結婚式の前撮りで撮った写真が目に入った。その時の私は、とても幸せそうに見える。憧れだったウェディングドレスを着て、大好きな人の隣で笑っている。私の思い描いていた理想の自分とは、今の自分は違いすぎている。胸がなくなって、決めていたドレスもキャンセルして。結婚式だってまだあげられるかわからない。

「佑紀君は、何でこんな私にまだ会いにきてくれるの?―書類上では夫婦関係にあるから?」

本当にそんなこと言われたら、気絶しちゃうくらいショックだけど。笑って誤魔化さないとやっていけなかった。

「違うよ。それは違う。1番違う」

「3回も言ったね」

「だって大事なことだから…!書類上とか、そういうのは関係ないよ。ただ、俺がきたいからきてるだけ。歩ちゃんの顔が見たいからここにいるだけ。それじゃ…ダメなのかな?」

泣きそうなほどに必死な佑紀君の顔が、なんだか可愛いく思えてきた。

「ダメとかじゃないんだけどね。…う〜ん、何て言うんだろう。…不安、なんだよね。こんな姿になった私を、佑紀君がまだ好きでいてくれてるのかが」

まだ大学生なんだから。本当ならもっといろんなところに旅行に行って、遊び尽くして、大学ではサークルに入ったりもして。そんな生活が送れたはずなのに。それら全てを犠牲にして、佑紀君は私に寄り添ってくれている。それが嬉しくもあり、不安でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る