第3話

 病院に着くと、受付のすぐ側に置いてある長椅子にお母さんが座っていた。その表情は、どことなく暗い。

「お母さん、きたよ」

「お久しぶりです、お義母さん」

佑紀君は、結婚を前提に付き合っていることを伝えるため、1度うちに挨拶にきている。だからお母さんとは今日会うのが2度目になるわけだ。

「歩、佑紀君も久しぶりね。診察室で先生が待っていらっしゃるから。行きましょうか」

お母さんの後に続いて、私達も歩いていく。ただごとではないということは、空気で感じた。お母さんがドアを3回ノックすると、中から低い男の先生の「どうぞ」という声が聞こえた。

「失礼します」

促されるままに椅子に座り、先生が資料らしき紙の束を手に取る。

矢川美草みくささんは、正直言うと、もってあと1年かもしれません」

これは、多分余命宣告だ。急なことに目眩がしそうだった。1年、それは具体的にはどれくらいなのだろうか。残された時間はもうそんなに少ないのか。私以外の人にしてみれば1秒もなかったかもしれない。でも、私には10秒以上の沈黙が流れたように感じられた。

「何か治療法はないんですか!?」

お母さんがすがるような声で先生に聞く。でも、先生は静かに首を横に振った。


病院を出て、駅への道を佑紀君と並んで歩く。おばあちゃんの顔を見ると涙が止まらなくなりそうだったから、今日は病室に顔を出さずに帰ってきた。佑紀君はさっきから何かを考えているのか、ずっと黙り込んでいる。街の賑やかさが私の気を紛らわせてくれた。

「おばあちゃん、本当に死んじゃうのかな。私、ウェディングドレス姿見せるって、子供抱っこさせてあげるって、言っちゃったよ」

わざと明るく言ってみせるが、そんなの気持ちを上から上書きして誤魔化しただけにすぎない。逆に悲しい気持ちでいっぱいになってしまう。

「歩ちゃん、結婚しよう」

急に立ち止まった佑紀君を振り返ると、決心したような顔で私を見ていた。

 一瞬、周りから音が消えたように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る