第9話

 駅前に8時に集合と言ったのは穂南なのに、8時を過ぎても一向にくる気配がない。すると私がイライラしているのを悟ったのか、充玖が可愛い袋でラッピングがされたクッキーをカバンから出した。

「まぁまぁ、聖夏。これでも食べて落ち着こう?ね!」

 私はそのクッキーを素直に受け取り、袋から1枚取り出した。何でこんなに上手に作れるんだろうと不思議に思いながら口に入れる。

「っ…!美味しい!これ、何が入ってるの?」

 クッキーに黒い粒が入ってるのに気づき、聞いてみる。

「気付いてくれた?今回は紅茶の茶葉を入れてみたんだ!」

 充玖の笑顔につられて、私も自然と笑顔になる。そういえば、どこかで聞いたことがある。脳って意外に単純だから、笑っていると嫌なことがあっても忘れて笑顔になれるとか。今まさにそれを体験した気分だった。

「おーい、ゴメン、ゴメン。寝坊しちゃってさぁ。大輝が」

「穂南が」

 最後だけ綺麗にハモった。でも、多分穂南が寝坊したんだろう。なぜなら、いつもは綺麗にセットしてあって、髪も一切ハネていないのに、今日はポニーテールの右側がピヨンとハネていたから。

「……あー、はいはい。あたしが寝坊しました。すいませーん」

 やっぱり。穂南は悔しそうに自分の寝坊を認めた。

「穂南。右側、髪がはねてるよ。寝癖かな?ー」

 少しからかい気味に言うと、穂南は慌てて左の髪をおさえた。

「反対。こっちだよ」

 すかさず大輝が穂南の寝癖の部分を指に巻きつけて直す。家が美容室をやっているのもあってか、道具もないのに器用にやってのけた。

「ありがと!」

 穂南が大輝を見上げて笑った。大輝は呆れたような顔をしていたけど、私的には微笑んでいるようにも見えた。

こういう関係、羨ましいな。

充玖を好きになって8年。要は、片想い歴8年ということだ。意識しないように、普通の幼馴染みを演じているけど、もし充玖に彼女ができたら私立ち直れないかも。でも、ちゃんと祝福してあげないと…。

「……ーし!もしもーし!聖夏!?電車、乗り遅れるよ?」

「え!?ああ、うん。ごめん、ボーッとしてた」

 穂南に話しかけられてふと我にかえった。いつの間に改札まで抜けてたんだろう。

「充玖のことで悩んでんの?話、聞くよ」

 本当に、充玖並みに勘はいいよね。勘は。

私達2人は車両の中が混んでいたこともあり、充玖と大輝が乗っている車両の隣の車両に乗った。

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