第3話 転換-コンバージョン-Ⅰ

戦いが終わったあと、ヤツフサは元の犬の模型に戻り、七犬将は球へと戻った。司たちは誰にも気づかれずにサンシャインから出る事が出来たが、途中で司はへたり込んでしまった。


「司、大丈夫?」


蓮が心配そうに言ってくる。


「頭がグラグラする……」

「無理もない、7人分の思念を一斉に受けたのだから。どこかに休めなければ。ついでに私とマザーも休める場所があるといいんだが」

「それならいいとこ知ってる。ちょっと、誰か支えて……歩くのしんどい……」


司が言って、大和と誠十郎が横から支えた。司は指定した場所まで道案内をし、皆もそれに続く。一番後ろから着いてくるリサはガラスの花でできたブーケをもって、嬉しそうにしていた。



「やっぱりここかあ」

「そう、おじさんの家」


たどり着いたのは、メゾン「楽園」と書かれたマンション。司の持っている鍵を差し込んで中に入った。このメンバーも何度か訪れた事のある、司の父の弟が暮らしていた部屋。しばらく来ていないので少し埃がたまってしまっているが、構わず中に入る。

ここは司たちが特にやる事のない時に集まっている場所で、「秘密基地」と呼んでいる。カメラマンだった司の叔父は数年前亡くなってしまったが遺族の意向で部屋だけはそのままにしていた。合鍵を持っていた司が度々出入りしており、気が付いた時には8人の集まる場所になった。

とりあえずリビングに入り、司をソファへと寝かせる。すぐ近くのテーブルには生前叔父が撮った人や物、景色などの写真がいまだそのままになっている。それを少しどかし、ヤツフサの像を置いた。


「この部屋、使っていいよ。多分俺たち以外は来ないから」

「それはありがたい。お言葉に甘えて、使わせてもらおう」

「さて、住む場所は決まったみたいやし、聞きたい話は仰山あるで」


凛が座布団の上に座って言った。それに誠十郎も同調する。


「そうだな。正直言って、まだ解らない事だらけだ」

「まず、お前らは誰なんだよ?どこから来たんだ?」

「あの世界獣とかいう怪物は?」

「セカイを集めてるってどういう事?」


皆が一斉に質問する。ヤツフサは少しずつ答えていった。


「そうだな、自己紹介がまだだった。私の名はヤツフサ。マザーを闇の隷属から守る者であり、犬大宮司でもある」

「馬鹿言え。犬大宮司は俺の事だぜ?」

「肝心な事を言い忘れていた。君たちは、並行世界の存在を信じるか?」

「SFのパラレルワールドの事?」


諒太が言った。


「そうだ。その別世界における犬大宮司、それが私だ」


一斉に視線が司に集中した。


「すげぇな司。お前機械の犬だったのかよ」

「そうではない。私は司の並行世界の同一人物のシノを取り込んで人格を手に入れたのだ」


ヤツフサは神妙な口調で、自分たちに起こった事態を語り始めた。


「私とマザーがいた世界は、以前は強大な王国で繁栄をきわめていた。その世界には正義と友情を誓った8人の戦士達がいた…しかしその中の一人が闇の隷属となり、彼らを皆殺しにしたのだ」

「闇の隷属……」


誠十郎が息をのんで答えた。


「彼らは自らをエヴォルティネイションズと名乗っていた。誰かの心の闇へと漬け込み自分たちの仲間へと引き入れる。実際裏切った一人やシノの妹ら一部の人間たちもエヴォルティネイションズとなってしまった。そして、私たちの世界は闇に覆いつくされて破滅し、私たちは逃げ回った。八徳の球を使える、同じ並行世界の同一人物を探すために」

「ちょい待ち。まさかその同一人物っちゅうのは……」

今度は凛。

「そう、君たちだ。君たち、球は全員持っているな?」


ヤツフサにそそのかされ、皆は球を取り出し机に置いた。


「司。君も持っているはずだ。私が預けたからな」

「え……あ、いつの間に」


司がポケットを探ると、「仁」と書かれた球が入っていた。


「正直私も驚いた。この球を使いこなせる8人の人間が一か所に全員いたとは」

「あの……これって俺たちじゃないと駄目なんですか?」


大和が恐る恐る言った。


「不可能だ。ここで逃げたところでエヴォルティネイションズは追いかけてくる。世界獣を送り込み、やがてはこの世界自体を闇で包み込んで」

「ねーねー、その世界獣って何?今日戦ったあの怪獣?」


沙織が相変わらずテンションの高い口調で答える。


「そうだ。エヴォルティネイションズが滅ぼしたあまたのセカイの欠片が別の世界の生物の形を模倣して誕生したのが世界獣だ。私とマザーはこの世界に来る前、さまざまな世界を渡り歩きセカイの欠片を集めている」


ヤツフサは語った。当のマザーはガラスの花…もといセカイの欠片でできた花束をもって嬉しそうにふわふわと宙に浮かんでいる。


「……マザー、あまり力を使うのはおやめください」

「マザーマザー言ってるけど、リサちゃんって名乗ってたよな?一体何者なんだよ」


敦が言った。


「彼女は次元世界警護団のリーダーである光の巫女であり、私の創造主。故にマザーだ。多くのセカイの均衡と平和を守っている。だが今や彼女は力の大半を使い果たし、記憶まで失ってしまった。しかもエヴォルティネイションズにその力を狙われている。まずい状況だ」

「どっちにしても、俺達は逃げられないって事だね」


司がソファから体を起こした。


「司、もういいのか?」

「うん、だいぶ楽になったよ」


司は大きく伸びをして言った。


「そいつの話は半分も理解できてないけどさ、俺たちがやらなきゃエヴォ何とかとは戦えないんだろ?」

「そうだ。手前勝手な要求なのは承知の上で君たちに改めてお願いしたい。どうか私たちに協力してほしい。奴らの脅威からマザーを守ってほしい。頼む」


ヤツフサが頼み込んでくる。司はやる気のようだが、他の面々は顔を見合わせた。


「協力って言ったって、俺たちはどうすりゃいいんだよ」

「君たちには七犬将の操縦訓練をしてもらう。そうすれば、司に大きな負担がかからずに済む」

「どこで訓練するんだよ。町中でロボットの操縦なんかできないぜ?」

「それは心配ない。私がいい場所を用意する」


夜も更けてきたので、その日は解散となった。





















翌日、司は秘密基地に向かって全力で走っていた。既にほかの全員には連絡済みである。


「どうなってるんだ一体……」


司が焦っている理由。それは、昨日アースワーム・エレメントが暴れていた痕跡が何一つなくなっており、たった一晩で町が元通りになっているのだった。

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