第一四章 ルナシティ崩壊

「何をしました!」

 ビアンカ刑事が問う。

ほぼ同時に彼女の腰の無線機が呼び出し音をけたたましく鳴らす。

「なに? 宇宙港で爆発?」

「藤堂さん! 私が私怨だけでこんなことをすると思ったか! 私怨だけならこんなことはしないぞ! 本当に『ルナシティ』を破壊したいんだよ。建前じゃない」

 司畑氏が勝ち誇ったように言う。

「取り押さえなさい!」

 厳しい指示を飛ばすビアンカ刑事。

 人間の刑事よりも早くロボ警官が動き、彼を押さえつけ、手錠をかける。

「アルフォンソ、ルシーア! この場は任せる。私は宇宙港を行く。犯人からできるだけの情報を聞き出し、分かり次第全て私に連絡を!」

 最後の言葉を発する前にビアンカ刑事は倉庫から出て、エレベータに向けて走っている。ロボ警官が二名、それに続く。

「私も行く」

 梓紗は許可も取らずにビアンカ刑事とともに駆けだしている。私も続く。

「――二人とも。危険です」

 エレベータに乗ったところで、ビアンカ刑事は渋い顔をした。

「私は誰よりも安全よ。柚希は私が護る」

 ビアンカ刑事は小さく微笑む。

「信じましょう」

 エレベータが上昇する間に、彼女は手袋をはめ、首元のスイッチを押す。もともと、衣服の下に体にぴったりした気密服を着ていたらしい。すいっちによって、手袋をはめた手首の継ぎ目が気密されたようだ。さらに、彼女がエレベータに据え付けられていたヘルメットを被ると、あっという間に彼女は宇宙服姿となっていた。私と梓紗は、もともと宇宙服姿だったので、単に脱いでいたヘルメットを被る。

「なぜ気づきました。ミスター・シバタケが爆破を企んでいると」

「きっかけが何にしろ、彼が今の世界のあり方を否定したがっていたのは間違いない。その象徴がこの『ルナシティ』だったのもね。そんな彼が、藤堂氏の言い方にカチンと来たんだとしたら、自分が持つ最大級の手段でそれを否定したがったとしても不思議ではない」

 モノクルが青緑に光っている。

「固体ロケットエンジンの話を聞いたときから思っていた。犯人が『かぐや』のサーバ室を爆破できるなら、固体ロケットエンジンだって爆破できるだろうって。但しそのときはその動機が分からなかった。単に証拠を消したいだけなら『かぐや』全部を消す必要はない」 

 そこで言葉を切り、それから数秒、間を取って続ける。

「――でもあのとき、彼は動機を得た。『かぐや』全部ではなく、『ルナシティ』全部を消す動機をね」

「とにかく急ぎましょう。報告によると整備桟橋はかぐやごと崩壊したようです」

「死者は」

「いえ、無事だったとか。爆破前に避難警報が鳴り、全員脱出後だったそうです」

「避難警報が」

 ビアンカ刑事はつぶやく。

「ああ、なるほど」

 と私は思わず口に出していた。

 あの無意味に見えた間。あれは避難警報を出してから実際に爆破させるまでの時間だったのだ。

「最近爆破事件が相次いでいましたから、整備員の反応も良かったようです。慣れた宇宙育ちには、一五秒あればヘルメットを被り、現場から退避するには充分です。但し、整備桟橋の切り離しは間に合わず、爆破の衝撃は連鎖的に宇宙港まで伝わっています」

 最後の言葉は深刻な状況を我々に伝えていた。

 宇宙港はルナシティのハブだ。

 ハブが壊れては、ルナシティそのものが崩壊する。



「ルシーア! 犯人の尋問の状況は? 連続殺人事件は後回しでいい、固体ロケット燃料の他に何か仕掛けていたか聞き出しなさい」

 宇宙港は無人だった。

 整備員、係員は全て避難済み。炎が燃えさかり、ロボットたちが消火作業を続けている。

 その中に、我々三人の姿があった。

「ビアンカ!」

 声をかけられた方を見ると、宇宙服姿が近づいてきた。私と梓紗のようなツアー用の宇宙服でもなければ、ビアンカ刑事のような衣服の下に着る簡易的な宇宙服でもない。

 ルナシティ保安隊――と、その宇宙服の胸には書かれていた。二人のロボットを連れている。

 無重力の中、こちらにまっすぐに向かってきつつ、敬礼をする。答礼を返すビアンカ刑事。

「警察からは君たちだけか」

「ロボ刑事の応援は呼んでいます。人間は私だけでいいでしょう」

「――もう二人、いるようだが? 民間人か」

「協力者です。志願してきたのだから問題ありません」

 その保安隊員はじっと我々を見る。黒檀のような肌。鋭い眼光の女性だ。

「――名前は」

「私は梓紗。彼女は柚希」

「よろしく」

 私は軽く頭を下げたが、公用語が英語のルナシティでこれが正しい動作かは分からない。

「ジョセフィン・マクレガー保安隊少佐。ジョーでかまわない。宇宙では速い判断と動作が命だ。協力者ならそのように扱う」

「分かってる。それより、どう防ぐ?」

 梓紗は身を乗り出している。

 防ぐ、という動詞の目的語が何かは聞かずとも明らかだった。燃えさかる炎による熱、そしてもともとの爆発の衝撃により、ルナシティのハブたる宇宙港の亀裂は徐々に深くなっている。早晩、亀裂が致命的になったときには大気は外部に逃げ出し、炎は消えるだろうが、そのときはハブも崩壊するときだ。

「既にコントロール信号は受け付けない。故意か、偶然かわからないが。手動で切り離す。ロボの手で、実際にレバーを引いて切り離すという意味だ。応援を待たず今いるロボ警官にやらせるが、複雑な行動だ。人間が監督する必要があるだろう」

「私も行く」

「――いいだろう。何ができる」

「最先端のAIを頭の中に持ってる。通信もできる」

「最高だ。来い。ビアンカはロボ刑事と一緒に大気を抜いてくれ。消火をするよりその方が早い」

「生存者がいるかもしれません」

「……生命反応はない」

 ここで「生命反応」と呼ばれているものは、特定の周波数を検出するアクティブテラヘルスセンサを指す。人間の鼓動である六〇ヘルツの振幅の振動をかなりの高精度で検出できる。ただ、金属などの遮蔽物があると途端に精度が落ちる。

「あのセンサは頼りになりません」

「分かった。生存者がいないことを確認してから大気を抜け。それでいいな?」

「仕方ありません。来なさい」

 最後の言葉はロボ警官に向けられたものだ。

「我々も行く」

 ジョーが壁を蹴り、慣れた動作で宇宙港の中を進んでいく。それに続く梓紗――と彼女に引っ張られる私。

「私はいないほうが」

「かもしれない。でもいてくれたほうが助かる場合もある。『オッカム』はどちらがあなたが安全かについては結論を出せていない。ルナシティそのものも充分危険」

 短く告げる。そのうちに我々は宇宙港ハブと桟橋の接続部分に到着する。

「ここだ。ユズキ。ロボットにはハッチを閉めさせる。人間の我々は、切り離し作業に向かう」

 保安隊ロボは会話を聞いていたか、指示を待たずにハッチを閉めに向かう。

 切り離しシステムは、モジュール間の接続部に設けられているが、一般的に切り離すことは稀であるあるため、手動解除には手間がかかる。そして、二カ所存在していた。A、Bの二つのレバーだ。

「アズサとユズキはBレバーを回してくれ。私はAレバーだ。やり方は」

「さっき検索・ダウンロードした。問題ない」

「任せる」

 ジョーは我々に向きあい、慣れた操作でぐっと強く押した。ジョーはAレバーに、我々はBレーに向かっていく。

 が、離れていくジョーいきなり吹き飛んだ。

「え?」

 ロボットだ――と気づいたのはたっぷり一秒ほど経ってからだった。ハッチを閉めに向かったはずの保安隊ロボが急にもどってきて、Aレバーに向かうジョーを突き飛ばしたのだ。

「柚希!」

 梓紗が私を突き飛ばす。こっちにもロボが来た。梓紗はロボが我々を蹴り飛ばす瞬間、私を突き飛ばし、ロボに向かっていく。ロボは手からアーミーナイフを取り出し、梓紗に斬りかかる。

(……ロボットが人間を……? こんなことが……!)

 私はどんどん離れていくだけで、何もできない。ロボの動きは俊敏だ。梓紗がきわどいところで避けるが、宇宙服を切り裂かれてしまう。切り裂かれたところから、梓紗はするりと宇宙服を抜け、デートのときに着ていたドレス姿になる。宇宙服をロボットにぶつけ、距離を取る。その間に、私はモジュールの壁にぶつかり、再び梓紗に向かっている。

「助かる、柚希!」

 近づいてきた私の手を握り、再び壁に突き飛ばす。勢いよく。

 ロボットは向かってくる宇宙服を梓紗と認識したか、再びアーミーナイフで切り裂く。その瞬間、ロボットの後ろに回っている梓紗。

「食らいなさい!」

 ロボットのアーミーナイフを後ろからつかんで奪うと同時に、背中を膝蹴りで蹴り飛ばす。吹っ飛ぶロボット。梓紗は別の方向にアーミーナイフを投擲する。そちらには、ジョーを突き飛ばしたあと、梓紗に向かってくるロボがいた。ナイフは正確にロボの胸に突き刺さり、その場でロボは爆発四散する。アーミーナイフは爆発で吹っ飛び、再び梓紗に戻ってくる。

 それを受け取り、梓紗は先に蹴り飛ばしたロボに向けて投擲する。

 背中に突き刺さり、そのまま停止するロボット。

 戦闘の時間、およそ一〇秒。

 梓紗のドレスのスカートが無重力の中でふわりと広がっている。

「梓紗! 宇宙服が」

「気にしてる暇はないわ。私はこのままレバーAに飛ばされてる。レバーBは柚希がお願い」

「やり方は!」

「私が叫ぶ! まだ大気はある! 声は届く! 大丈夫」

「分かった。でも切り離したら大気が!」

 梓紗は微笑む。

「大丈夫。『オッカム』が解決策を思いつく。信じて」

 離れていく梓紗に、私は頷くしかない。

 背中に壁が当たる。

 振り向くとレバーが会った。

「柚希! タイミングを合わせて。まず黄色のレバーを引く」

「黄色のレバーを引く」

 私は復唱し、私の身体は復唱したとおりの動作をする。頭の片隅に、これで切り離して大気がなくなったら梓紗はどうなるんだろうという心配がずっと残っていたが、敢えて無視する。

「カバーが外れるから取り外す」

「カバーが外れるから取り外す」

「中にあるハンドルを右に三回回す」

「中にあるハンドルを右に三回回す」

「出てきた赤のレバーを引く」

「赤のレバーを引く」

 その瞬間、モジュール全体に振動が響く。

 しゅー、という、大気が漏れていく音が響き始めた。私の宇宙服のヘルメットは、外気圧の低下を検知し、内部の酸素を使うモードに切り替わる。酸素残量が示される。残り六〇分。

「梓紗!」

 私は壁を蹴っている。

 間に合うかどうかは関係ない。梓紗の「オッカム」が何か解決策を思いつくと言っていたが、嘘かもしれない。

まずはここから連れだし、エレベータまで連れて行かなければならない。

 案の定、梓紗はなにもしていない。目を細め、私を見ている。

「梓紗!」

「ほっといて……さっきの戦闘で……筋電スーツの負荷が限界……もう動けなくて……」

「馬鹿! 行くよ!」

 私は強引に梓紗を抱きしめ、壁をぎこちなく蹴る。

 だが、大気が漏れていくスピードの方が速い。私の壁を蹴った勢いは、相殺され、逆に外れていくモジュールから漏れ出す大気に流されそうになる。

(もう……だめか……!)

 そのとき。

 強く押される感覚を覚えた。

 思わず振り向くと、保安隊ロボットだった。梓紗の投げたアーミーナイフが刺さったままだ。

「危険です、退避を、マスター」

 短くそう告げ、強く我々を押す。

 その瞬間、ロボットは切り離されていくモジュールのほうへ跳んでいった。我々は信じられないようなスピードで宇宙港のほう――エレベータのあるほうへ跳んでいく。

「梓紗! 柚希!」

 真っ青な顔のジョーが、我々が向かう先にいた。腕が変な方向に曲がり、血が流れている。ロボットに蹴飛ばされたときに受けた傷だろう。壁を無事な方の片手でつかんだまま、我々が横を通過した瞬間、思い切り壁を蹴り飛ばし、同時に手を離す。我々の背後にジョーがぶつかった瞬間、彼女は我々を抱きしめ、彼女の運動量も加わり更に加速する。

 エレベータのところに、ビアンカがいる。

 我々を確認し、エレベータの扉を開く。そこに飛び込んだ瞬間、彼女もエレベータに入り、扉を閉める。大気を充満させる。

「! はあ! はあ! はあ!」

 梓紗が粗い息をする。エレベータについていた酸素マスクをビアンカが口に当てた。梓紗は目を閉じる。

 透明な酸素マスクの中で、口が動いた。

 ――ありがとう。

「当てていてください」

 ビアンカが私に短く告げ、ジョーの腕の手当に入る。私は命じられたとおり、梓紗を抱きしめ、口元に酸素マスクを当て続ける。

 相変わらず、警報は響いている。だが、ルナシティが崩壊する様子はなかった。

 我々の桟橋の切り離しが、なんとか間に合ったのだ。

「――あの、ロボットは……」

 私が問うと、手当てをしているビアンカ刑事もジョーも、わからない、という顔をする。

「こんなことは初めてです。ロボットが反乱するとは……」

「――ビアンカ。あなたが逮捕したという連続殺人犯、彼が操作をしたのでは?」

 ジョーの推測の言葉に、意外なところから声がする。私の腕の中から。梓紗だ。

「ジョーの推測が半分正しい。けど、多分ロボットは人間を攻撃しているとは思っていないわ。司畑氏は、宇宙港が崩壊したときには、破壊活動をする宇宙服を着た人間に擬装したロボットがいる、というデータを学習データに投入していたんだわ。そうすると妨害が正当化される。第四世代のAIだったらそれでも『おかしい』と判断するはずだけど、一般ロボットはこういうバイアス攻撃に相変わらず弱いからね。多分、NALなどの旅客業者は、宇宙港の保安関係のデータを保安隊に提供する契約になってるんじゃない?」

「それは……確かに。しかし、データの偏りは常に行政府の港湾局でチェックされるはずですが――」

 ビアンカは悔しそうにつぶやく。私も首をかしげる。

「でも、あなたが宇宙服を脱いでも攻撃してきたけど」

 私の反論に、梓紗は自分の身体を見下ろした。筋電スーツに包まれた身体を。

「目が青緑に光ってて、体中にも青緑の動作発光が存在する人間なんていると思う? 私はロボットの一種と見做すのが、まあ妥当な推論ってやつよ」

 それから目を閉じた。

「私はそれでいい。それでも勝てると思ったから。それに、ロボットの一種と思われたって、べつに気にしない。……AIやロボットだって、人を救うことはあるし、正しいことをすることもあるのよ。現にあのとき、私がロボットじゃないって悟ってたとき、あのロボはたすけてくれたでしょ」

 それから、私をじっと見た。くりっとした黒目がちの右目と、青緑に発光する左目で。

「半分ロボットみたいな友達はきらい?」

 私は首を振り、梓紗を抱きしめる。

 梓紗は私に抱きすくめられながら、ふう、と大きくため息をつく。

「ビアンカ」

 言いよどみつつ、彼女は言葉を紡ぐ。

「……事件を解決したら、イザベルに報告する約束だったわね? 今から彼女のところに行ってもいいかしら」

「――そんな急には。あなたも治療が必要でしょう」

「いいえ。――まだ捜査は終わっていない。だから行くのよ」

 ぴんと、空気が緊張に震える感じがした。

 事件が解決した――というエレベータ内の弛緩した空気が、また一気に凍てついた。

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